プリズンチルドレン
作者 たろー 得点 : 1 投稿日時:
「死ねやおらぁ!」
わたしことミキはゆっくんに殴りかかった。
ゆっくんは悲鳴を上げながらも実に楽しそうに逃げ回る。それにわたしが追随し駆け回るため、わたし達ひまわり組の部屋は凄惨な有様だ。こうきくんが半年かけて組み上げたレゴの城を蹴飛ばし、ゆかりちゃんが大事に折った折り紙を踏み潰し、最後は結婚、妊娠が決まってまもなく産休をとる石原先生のお腹に激突した。
どれもこれもゆっくんが悪いのだ。ゆっくんは問題児の集まりであるこの犬猿動物園──じゃなく、犬猿保育園の中でも一、二を争うの問題児で、決まってわたしにちょっかいをかけ、わたしの反応を見て楽しむのだった。そしてわたしはしょっちゅうブチ切れ、殺してやると喚きながら彼に襲いかかる。まあ、いつもの風景ってやつである。
問題は、本日えらい人達がここを訪れて視察とやらをすることで、わたし達は普段の奇行を抑えて粛々といい子を演じなければならないのだった。この犬猿動物園──じゃなくて犬猿保育園は、ほかの保育施設にいられなくなるほどの問題を起こした奴が行き着く、言わば掃き溜めだった。そういうわけで生後僅か五年目にして将来に懸念を持たれているわたし達が、順調に更生できているかを確認するための視察が行われているというのに、まぁ、わたし達は普段通りの行動をとったわけである。あれほど石原先生に、今日こそは、今日だけは頼むから大人しくしてくれガキども、と言われたのにも関わらずだ。
そうは言いつつも、他のガキどもが大人しくしていたかと言われると甚だ疑問だ。なんと言っても視察に訪れた大人達の顔には、保育園の敷地に一歩入った瞬間に投げつけられた卵が貼り付いてい、靴やボトムスは猫糞爆弾のせいで汚れていて買い替えは必須と思われた。これでわたし達が先に怒られるのも意味がわからない。優先順序があるだろう、優先順序が。わたしは心の中で覚えたての言葉をぶつぶつ呟き続けた。
それから視察に来たえらい人とやらは怒って帰ってしまった。園長が必死で引き留めたけど、残念ながらそれで彼らの怒りが収まることはなく、来年からの予算は大幅削減だバカヤローと怒鳴って門から出たところで、今度は猫糞爆弾を顔面に命中させられて悲鳴と共に去っていった。園児達の歓声が上がり、さくら組のガキが猫糞爆弾を投げた手で青っぱなを拭ってしまい、甲高い泣き声を上げてしばし保育園は騒然となった。
その後、石原先生は怒髪天を衝くといった感じでわたし達ひまわり組総勢十五名を集めると、説教を垂れた。
「おいこらてめぇら。よくもまぁ好き勝手してくれやがったなおら。てめぇらが猿にも劣るクズ野郎の集まりだってことはよーくわかってるから、今まで口うるさくしてこなかったがな。今日だけは黙れとあれだけ言ったのに何やってくれてんだ」
対するわたし達はまるで聞く気がない。わたしはゆっくんとあっち向いてホイに忙しくてほとんど聞き流してい、前述の先生のコメントはほとんど後から知ったものである。
しばらくは大人しくしていたわたし達も、やがて騒ぎ始める。またもゆっくんがあっち向いてホイの際にフェイントをかけ、更にそれが功を奏したことに気を良くして中指立てて煽って来たことでわたしがブチ切れ、ゆっくんに殴りかかったのが発端だった。
そんなわたし達に石原先生は遂にブチ切れた。そして、禁断の呪文を唱えた。
「もういい!これからおやつ抜きだクソども!!!!!」
えー!とちらほら声が上がった。保育園一大きな腹と器を持つと言われる大原くんが涙目になりながらしゃっくり上げる。わたしは彼が、先生に赤ちゃんができたら俺とウエスト勝負しようぜと言っていたのを知っていた。もしおやつを抜きにされたらウエスト値連勝記録を破られるとでも考えたのだろう。誰もそんなの気にしていないが。
「おやつなかったら死んじゃうよぉ」
「ふざけんなババァ」
「先生わたしはちゃんとしてました。だから他の人のおやつ全部ください」
「おいババァ、舐めてんじゃねーぞ。おれの親はヤクザだぞ!」
「そんなこと言ってもキッチンから盗んでやるもん」
「ふっ、おれ様は家で美味いおやつあるからいいもんね」
「おいババァ、赤ちゃん堕したろかババァ!」
ガヤガヤ。そんな地獄みたいな反応がひまわり組の部屋に吹き荒れた。
「うっせバーカバーカ!!!!!」
石原先生は喚く。
「てめぇらはおやつ抜きで死んでしまえばいいんだ!」
ギャーギャー。園児も先生も共に怒鳴り合う。かわいそうに、わたしは先生が流産してしまわないか心配になった。
わたしはゆっくんと二人で膝を抱える。
「どうする?」
「どうしよっか」
とはいえ、先生にそんなこと言われても困る。そもそもわたし達は別の保育園から追い出されるほどの問題児である。犬に吠えるなと言うのと同じで、ぶん殴られでもしなければ更生など望むべくもない。わたしは沸点の低さ、ゆっくんは人を煽らずにはいられない忙しなさ、といったように、ここにいるのはなんらかの致命的な欠陥を抱えた者が大半だ。それを矯正するのは並大抵の苦労ではない。