コートヤードの歌声の第2話 全10話で完結
コートヤードの歌声の第2話
作者 労働会議 得点 : 2 投稿日時:
ちゅんちゅんと鳴く小鳥にベッドからむくりと起き上がる。
目の下には大きな隈が出来ていた。あの後、友人みつきとの談笑で不安が紛れたが、それも談笑の間だけだった。布団に入れば、不安で眠れなかった。
無事にやっていけるのか。私のいるべき場所はあるのか?もし、私を受け入れない場所だったらどうしよう?
そんな不安な様子を打ち消すように、何者かにやさしく抱きしめられる。
「め~~い。朝から深刻そうな顔つきしちゃってどうしたの?」
みつきである。彼女の目元には隈一つない。どうやら、何も心配せずに眠れたようである。すると、みつきは意地悪そうに
「さ・て・は、入学式で緊張して眠れなかったんでしょ!」
鋭すぎる。愛想笑いをする。
「えへへっ。まあ、そんなところ」
みつきは背中をバンバン叩く。
「大丈夫。大丈夫。何かあっても、この私が守るよ」
さりげなく指摘する。
「それ、私の台詞」
「あははっ。御免ね。さあ、行こう」
みつきが手を差し出す。その手を取ると、不思議と不安が消え去った。不思議。きっと、みつきとなら、どんな困難でも乗り越えられるような気がした。
そして、入学式。年配の校長先生の長い話。それを生徒たちは知らんぷり。というよりも、横でぺちゃくちゃ。何のその。先生たちも何も注意しない。どこか諦めているような。嫌な予感がする。
入学式が終わり、教室へと案内される。みつきと同じクラスだ。そこではすでに何人かのグループが出来上がっていた。不良グループ。読書オタクグループ。真面目グループ。運動グループ。
入ると、すぐに運動グループが駆け寄ってきた。
「おっはよ」
「お、おは……」
けれど、その挨拶は私に向けられたものではなかった。隣のみつきに向けられたものだった。
「ねえ、貴方、赤城さんでしょ?」
みつきは頷く。
「そうだけど?」
「やっぱり~~!聞いたよ。赤城さんの数々の伝説。私も同じ隣町の出身なんだ!」
その声に人だかりができる。
「なになに?どんな話?」
「えっとねぇ~~。まず、全国模試の順位の上位十人の常駐メンバーで、運動も新記録を続発しているんだよ」
「すっご~~い。赤城さん。勉強も、運動もできるんだ~~」
みつきは謙遜する。
「そんなことないよ。勉強も、運動もたまたま運が良かっただけだよ」
このクラスでのみつきの株は大いに上がり、一気にクラス上位の地位を築いた。
「ねえねえ。お花を摘みにいかない?先生が来るまでまだ時間あるし」
これは遠回しにトイレでの社交パーティーを指していた。
「で、でも……」
みつきは私のことが気になって、視線を向ける。
「わ、私は大丈夫だよ。みつき。私のことは気にせず行って」
折角、みつきがクラスの皆と仲良くするチャンスである。つぶしたくはない。
「……分かった。有難う」
みつきが去ると同時に、女子生徒の一人が近寄る。蔑んだ表情だ。
「あんた。何、赤城さんの事呼び捨てにしてんの?」
「えっ?」
そのあまりの変わりように戸惑った。先ほどまでは天使のように可愛らしくみつきと談笑していたグループの一人だったのに、今では眉間にしわが寄り、恐ろしい形相である。
「あんた。何様って言ってんの?次、赤城さんに近寄ったら、あんたをこのクラスのいけにえにするからね」
それだけ忠告すると、その生徒はすぐにその場を立ち去った。
何?どういうこと?
何故だか、このクラスの生徒が距離を置いているようである。
そして、先生が教室に入る。若い男の教師に、思わず身構える。
「は~~い。静かに。今日からこのクラスの担任となりました織田信長之介です」
教室に、大きく織田信長之介と書く。見るからに、さわやかな笑顔を浮かべる。
これを見て、クラス中から黄色い声が響く。色めき立っているのだ。
「さてと、先生。皆の事知らないから。自己紹介と行こうかな。ではこれから、出席番号と名前を呼ぶので、呼ばれた人は起立して簡単な自己紹介してくれるかな?」
生徒たちから「はい」と声が上がる。最初の名前が呼ばれる。
「出席番号。一番。赤城みつきさん」
「はい」
返事とともに、みつきが起立する。
「赤城みつきです。宜しくお願いします」
みつきは頭を下げる。それはとても優雅で、気品が漂っていた。
すると、一人の女子生徒が手を上げる。
「はいはい。質問です。赤城さんはどこ校ですか」
みつきは淡々と答える。
「隣町、尾張のミシシッピ州立中学校」
別の女子生徒が手を上げる。
「じゃあ、付き合っている彼氏。もしくは付き合っていた彼氏はいましたか?」
みつきがポツリと言う。
「……言いたくない」
すると、周りの女子生徒が奇声を上げる。
織田先生が場を鎮める。
「はいはい。時間がないので、次な。出席番号2番……」
ーーーそして、私の番が来た。
「次、出席番号17番。柴原めい」
「はい!」
勢いあまって、思いっきり起立する。
「えっと。柴原めいです。北海道から来ました。宜しくお願いします」
ぱちぱちと気持ちばかりの拍手が送られる。
そうして、自己紹介が終わり、先生が退出するなり、いきなり一人の女子生徒が前に立ちはだかる。その姿を見て、鳥肌が立つ。小学一年生から虐め続けていた主犯。藤原京子である。
「久しぶりね」
その一言で全身ががくがくと震える。抑えたくても、無意識に起こるのだ。
無言でいるが、京子が続ける。
「まさか入学先に柴犬がいるとは思わなかった」
取り巻きの一人が声をかける。
「藤原様。この者は?」
「わたくしの、柴犬ですわ。ほら、柴犬。あの頃のように芸をなさい」
その言葉に絶望的になり、四つん這いになる。そして、一言
「ワン」
すると、人だかりから笑い声が巻き起こる。その笑い声で蔑んだ目が屈辱的だった。
「さすが藤原様。よく躾けられていますわ」
「驚くのは早い。早い。仕込んだ芸はこんなものではないですわよ」
そのとき、場を一喝する。
「やめなさい!」
その主はみつきである。
「こんなことして恥ずかしくないの?」
けれど、京子は堂々と悪びれなくいう。
「ペットを躾けて何が悪いの?」
「めいは貴方たちと同じ人間よ」
けれど、京子は可笑しそうに笑い転げる。
「同じ人間?同じ人間が四つん這いになって鳴くかしら?私だったら、恥ずかしくて死んでしまうというのに」
みつきは京子を睨みつける。
「あなたがそうするように強要しているからでしょ!」
「わたくし、赤城さんとは友達になりたいの」
「何を!」
京子はみつきの言葉を遮り、続ける。
「友達になれなければ、これが最初で最後の提案になるけどね」
「友達がこんな目に合っているのに、そんな提案のるわけ…・・」
いけない!
みつきに精いっぱい叫ぶ。
「ねぇ、みつき。分かってた?昨日からのあんたの態度、正直、うざかったんだけど」
みつきは放心している。
「めい。いったい何を?」
「正直、迷惑だったのよ!」
みつきはその場から逃げ出す。
京子が笑い声を上げる。
「柴犬に手をかまれて可哀そ!」
めいはその目に涙をこらえた。
大丈夫。もし、虐められたら、また耐える日々に戻るだけだから。私だけが耐えれば、いいだけだから。そうすれば、みつきは、みつきは。