魔王様はお困りです
作者 通り猫 得点 : 4 投稿日時:
ここは魔王城。暗雲立ち込める魔界を統べる王の居城にして魔界を支える柱とも言うべき存在だ。魔界の空に浮かぶ浮島に堂々と建っていた。空に常時走る稲妻に負けぬくらい大きなため息がその謁見の間に響く。
音の主は魔王。かれこれ千年は魔界を統べる偉大なる王である。彼は豪華な装飾のある玉座に座り、膝に肘を立て顔の前に手を組んで思案する。手で隠れた唇は一文字のまま、ピクリともしない。
百人は入るという広さのこの部屋には王と付き人の従者、それと招かざる客である勇者の男の三人だ。玉座に座る王の斜め後ろに控える従者とは逆に不敬にも王の目の前に勇者は立っていた。ーーいや、それはいい。必然(...)だ。
「勇者よ……。すまないがもう一度言ってくれるか?余の聞き間違いであったかもしれぬ」
重々しく口を開いた魔王に勇者は頷く。
「ああ。何度でも言ってやるよ」
キリッと表情を引き締める勇者。正しくお伽話に出てくる勧善懲悪をなす正義の味方、といった清廉ささえ感じる。そうだ、それこそ正しい、魔王の口元に薄っすらと笑みが浮かぶ。
「世界を征服するのを手伝うから世界を半分くれ!」
「オイ、正義の味方」
「なんならどんな情報も手に入れてくるぜ!姫のスリーサイズとかさ!!」
「余を変態にするのはやめろ!!」
姫って三歳くらいの幼子ではないか!!魔王の渾身のツッコミもとい、シャウトは広々とした室内に虚しく木霊する。
「えっ!?」
「なんだその疑いの目は。余にそんな性癖はついておらぬ!大体、そなた勇者ではないか!」
「はは、くじ引きで伝説の剣を抜いちゃったんで流れで……」
「ふざけるな!もっと他にあるだろうッ!故郷が焼かれただとか、親が魔物に殺されただとか……」
「えっなにそれ物騒……」
思わず立ち上がり言い募る魔王の言葉に勇者は引き気味だ。現に腰が引けてる。もっと熱くなれよォ!!だとか某コーチのフレーズの叫びが魔王の口から飛び出る始末だ。これではどちら勇者かわかったものではない。
「だって、俺の両親どころかじっちゃんばっちゃんも超元気だし……。故郷ものどかだし」
「……」
「だったら、ねえ?」
魔王倒す理由も特にないし、ね?勇者は聞き分けのない子供に諭すように魔王に優しく言った。
「……だ」
「うん?」
「貴様それでも勇者か?!魔王を倒して名声を得ようとかないのか!?」
「いや別に……。それよりも世界半分貰った方が得だし」
「貴様は外道か!……人を助けたい、とかは!?」
「別に」
「思えよ!じゃないと余が暇だろう!!」
「それが本音かい」
魔王の理由に勇者は思わずツッコミを入れる。というか、俺が負けるのが前提かい、勇者の力ないツッコミは魔王の耳に届かない。
「よし、ならば意地でもそなたをその気にさせてやる!!」
「ええー……。それその気になったら物理的な死が待っているやつじゃん……」
「楽しみに待っておれよ! クハハハハ!ハーッハッハ!!」
高笑いをしながら去っていった魔王の背を勇者は呆然と見送る。
謁見の間にぽつんと一人で残された勇者は天井を見上げる。
「なーんでこうなるかなぁ……」
その呟きは実にやる気のないものだった。