「角打ちのあては笑ひや涅槃西風」の批評
ゆとりろさん、こんにちは
御句拝読しました
涅槃絵ですか、いいですねぇ
私のような引きこもり俳人(廃人?)と違って色々な所に足を運ばれてますね
そのたびに俳句
の種を見つけてきてすっかり俳人となられてると感じます
さて本句、整っていますね
跡は個人的な趣味レベルの話でしょうか
少しばかり上五中七が他人事っぽくて臨場感に乏しいかなと感じました
また、ほぼ句外ですが店内といいつつ「涅槃西風」だと屋外でバッティングしそうかな、とは感じましたが、まぁ扉のないオープンスペースの角打ちもありますしね
そういうことにしました
角打ちの笑いをあてに涅槃西風
細かい違いですが「あてに」の後の余白で「自分も吞んでゐる」ことを示唆してみました
あと、これは言うかどうかすごく悩んだのですが、ゆとりろさんはたまによくない意味での日記俳句を詠まれることがあるように感じます
例えば本句、涅槃会にあった角打ちだから涅槃西風、まぁ、事実そうなんでしょうけども、時期を経て読み返したときに涅槃西風である必然性が感じられるでしょうか
俳句は今を詠う詩歌ですが、今を詠いつつ永遠に残る詩歌だと私は思っています
そのためには普遍性の高い季語
を中心に句を成立させる必要があるかと考えている次第です
そこを無視すると 涅槃の日美味しいプリン食べにけり でもなんでもよくなってしまい共感性が失われてくると考えています
いつもそうという訳ではないので特に実体験を詠むときに「事実そうだから」から一歩離れて客観的に読むことも必要かと思いました
もうゆとりろさんはそのレベルに来ていると思ったので、あえてコメントさせていただきます
気分を害されてしまったら申し訳ございません
以上、今後ともよろしくお願いします
添削のお礼として、気まぐれ亭いるかさんの俳句の感想を書いてください >>
涅槃会行ってきました。涅槃会の期間だけ営業してる角打ち(店内で酒を飲むことができる酒屋)、今年も行ってきました。酒のあてもない狭い店内ですが、皆笑いながら楽しく飲んでました。