「春の泥新車ダンプに洗礼を」の批評
回答者 みつかづ
村井もこりさん、こんにちは。コメントでは初めまして。
貴句、拝読いたしました。
手持ちの『新版 角川季寄せ』24ページの記述に依りますと、
季語「春の泥」は「春泥」の傍題の季語(三春・地理)で、
春のぬかるみの事なんですよね。
ぬかるみは、「泥状のどろどろになっている様(さま)。ぬかるんでいる状態。
またはその様(よう)になっている道や場所」を意味する名詞ですので、
ぬかるみそのものをダンプに積む事は物理的に不可能です。
何故なら物質ではなく状態、場所を示す単語、季語ですので。
初読で私めは、「雪融けや春雨でできたぬかるみを新車のダンプが踏んで、
車体が汚れたという句なのかな」と句面を読解しましたが、作者コメントは
「乙女をけがされるような気持ちになりました。
何事も初めてというものはあるのですね」となっております。
つまり、句面との乖離幅が大き過ぎるというより、最初から殆ど
パッキングできていないのです。
この句面から乙女には、作者以外の誰も辿り着けないでしょう。
添削の範疇に収めるとしたら、例えば句跨りで以下でしょうか。
手を入れ過ぎると改作になってしまいますので、殆どやり様が無いのですが。
・乙女穢す如新車ダンプの春
添削したところで「だから何?」と言われかねませんし、季語「春」が句の主役に
立っておりませんが、設計図の段階からその位に不備がありますよ、
という事になってしまいます。
正岡子規なら私めに、「更地から詠み直す方が早くて良くなる」と仰るでしょう。
ですが、改作は作者に失礼ですから、作者のフォームでは私めはしたくありません。
以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
点数: 0
添削のお礼として、みつかづさんの俳句の感想を書いてください >>


先程通りかかった工事現場に、目を引くオレンジ色のダンプカーがあり、おそらく新車なのではないかというピカピカぶり。
そのピカピカダンプにも容赦なく土砂は投げ込まれるだろうと思うと、何だか乙女をけがされるような気持ちになりました。
何事も初めてというものはあるのですね。