「梅咲くや幾人も見ずただ一輪」の批評
回答者 気まぐれ亭いるか
佐伯凌駕さん、こんにちは
御句拝読しました
ご懸念の点に私も見解を述べさせていただきます
やはり「見ず」には説明っぽく感じてしまいました
というのも、否定形というのはそもそも存在しないことをわざわざ言うのでそれ自体が説明的側面から逃れられないからだと思います
これが「幾人もあり」だったり「幾人見やる」だったりすれば説明感は少なくなりますよね
#もちろん句意から外れるので添削としては論外ですが
なので、基本として"ある"ものを"ある"まま描くのが良いと思われます
ここでは過ぎ去っていく人々を「過客」という言葉であらわし以下の様にしてみました
過客往く道一輪の小梅かな
こうすることで存在するものだけが表現されていると思います
また、さらに動詞を消すことでより存在だけを表現することもできるかと
往来の過客や梅の花一輪
なお、これまでに何度か投句いただいていますが特に誰にも返信されていらっしゃいませんよね
もちろん返信するもしないも自由なのですが、返報性の法則と言いますか、単純に感謝の旨だけでも返信されるとより皆様からコメントが集まりやすくなりますよ
#もちろんそれに返信される句への感想や添削があるとより喜ばれます
なにより、そうしているうちに俳句を詠むことと同等くらいにコミュニケーションも楽しくなってきますしね
もしよろしければご検討ください
以上、今後ともよろしくお願いいたします
点数: 0
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句意:梅が一輪開花しても誰も見ず過ぎ去ってしまう
疑問点:中七が説明っぽくなってしまうのですが改善した方がこの句は良くなりますか?またどのような言葉にすれば改善できますか?