「土くれを押し上げたりや福寿草」の批評
回答者 みつかづ
おはようございます。貴句、拝読いたしました。
素材の選択自体は非常に良いですよね。福寿草の力強さも表現されております。
ただ、問題点もございますので、それは心を鬼にして列挙いたします。
そしてきびしい事を書きますが、c_riverさんは褒められない限り「いいね」を
押しませんよね。それでは伸びしろが感じられませんし、コメント書く方も
「時間を無駄にしちゃったかな」と思う訳ですよ。何故なら段位が伸びないので。
したがいまして、私めは「いいね」が押される様になるまでは
添削案を提示いたしません。ご自身でお直しくださいませ。
以下、問題と考えるられるべきところ。
①:助動詞「たり」の二義性
助動詞「たり」は存続と完了の意味が有り、存続に重点が置かれる助動詞です。
「押し上げたり」の措辞より、「押し上げ続けている状態」、
「押し上げ終わった状態」の2つの意味がが同時に発生しております。
問題なのは、そのどちらも映像として不自然になり得る点。
前者は「何時間、何週間観察し続けているの? という疑問」が、
後者は「もう押し上げ終わったなら、何故今、それを詠嘆する?」という疑問」が
それぞれ立ちます。
つまり、「多義性ではなく、時間軸の未整理」が引き起こしている問題。
②:中七の間投助詞「や」の詠嘆の配置
「や」の詠嘆は本来、「句の焦点を提示する」、「読者の視線を固定する」強めの
切れ字効果も持ちます。
しかし中七に置く場合は「上五で景を出す」、「中七で強く切る」、
「下五で回収する」という高度な構成力が要求されます。
この貴句では
・上五:土くれを
・中七:押上たりや
・下五:福寿草
上記の構成により、具体的に何を詠嘆しているのかが一瞬遅れる作りなんですよね。
何故なら付属語である助動詞「たり」が詠嘆されているのですから。
結果として、「技巧に見える」、「でも効果は出ていない」という状態。
③:季語の像のブレ
福寿草の花言葉は以下でございます。
1:幸せを招く
2:永久の幸福
3:祝福
4:回想・思い出
5:悲しき思い出
上記より、「押し上げる」という動詞と結び付きますと、
「困難を乗り越える象徴」、「努力・根性・縁起」のという観念寄りの読みに
読者は傾き易くなり、景が比喩に引きずられ結果として
季語の鮮度が落ちてしまいます。
問題点の分析は以上です。
間投助詞「や」の意味、効果、位置を考えて推敲なさる段階に
c_riverさんは到達しております。
「間投助詞「や」の詠嘆を使うな」ではございません。
「どこに置くと何が起きるか?」を考える段階に達しているのでございます。
そしてその思考を避け続けますと、「適当に「や」を置いておけば良い」という
悪い癖が付いてしまいます。それは避けるべきでしょう。
間投助詞「や」を中七に置く場合、下五の手前で読者の視線が一度止まるので、
どこを詠嘆させたいのかを一段意識すると、句の像が締まります。
ご自身で吟味し、お考えいただきたいと、私めは考えております。
また助動詞「たり」は時間の幅を持つ助動詞ですので、
景の瞬間性との関係も一度考えてみますと、面白いかもしれません。
完了の助動詞であれば他に「つ、ぬ」もございますので。
今回、私めからは添削案は一切示しません。c_riverさんが「いいね」を押せる程まで
受け入れられないのであれば、ご自身で自己添削なさっていただきとう、また、
ご自身の中で「押せない理由」も整理なさっていただきとう存じます。
そして、もし「ご自身でどの様な推敲して元句を自己添削なさったのか?」、
「どの様に元句を推敲すれば良いのか、迷っている箇所がある」とコメントを
頂けましたら、その際は「この様な解決策が考えられますが如何でしょうか?」と
快くお返事させていただきたいと私めは考えております。
最後に、作者のフォームで他者の間違いを指摘したくございませんが、
あらちゃんさんがお書きの「押し上ぐ+花」は活用形の間違い。
終止形で意味が切れております。正しい連体形は「押し上ぐる」。
何故なら、動詞「上ぐ」はガ行下二段活用ですから。
複合動詞を含めて上二段活用、下二段活用、カ変動詞、サ変動詞、ナ変動詞、
それに準ずる活用形の助動詞は連体形に「る」が付き、終止形と形が異なる点は
要注意でございます。ベテランでも意外と間違い易い点なので。
以上でございます。お目通しいただき感謝いたします。
点数: 0
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福寿草で詠んでみました。