俳句添削道場(投句と批評)

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初詣橿原神宮前を友

作者 みつかづ  投稿日

コメント(俳句の意味。悩みどころ)

本来の句:初詣「橿原神宮前」を友
試験投句です。2点お尋ねさせていただきたく存じます、

季語「初詣」と「神宮前」なんて書きますと、普通は季語との距離感が
近過ぎるのは自明の理。
ところが、「橿原神宮前」を「橿原神宮の場所の前」(in frint of)ではなく、
「橿原神宮前駅」(train station)として詠んだ場合、
「友達は電車を乗り過ごして合流する駅を通り過ぎてしまった
=必ずしも橿原神宮に参拝するとは限らない。橿原神宮前駅で電車を乗り換えて
別の神社に行く可能性も在る」との解釈が成立しますが、
その読解はどの程度成立するかどうかが1点目。
季語との距離感の変化はどの位に変わるかのかが2点目。

以上をコメントでご教授いただければ幸いです。

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「初詣橿原神宮前を友」の批評

回答者 ヨミビトシラズ

はっきり言うと、悩む所そのものが致命的にズレてます。
が……その話は後程。今は、あなたの質問に答えましょう。

そもそも、「橿原神宮前を友」だけでどのくらいの情報が伝わるか(どんな景である可能性が考えられるか)と言うと、

A(という場所)に友がB(していた)
A→「橿原神宮前」という場所・駅・バス停etc
A→「橿原神宮」という場所・駅・バス停etcの前
B→いる・いた・歩き回っている・(歩行・自転車・車・バス・電車等で)通過した・移動しているetc(=「友」の直前の助詞が「を」なので、歩行・移動関連の動詞なら殆ど該当するであろう)

この辺りです。故に、

≫「友達は電車を乗り過ごして合流する駅を通り過ぎてしまった=必ずしも橿原神宮に参拝するとは限らない。橿原神宮前駅で電車を乗り換えて別の神社に行く可能性も在る」(※)

この読みは、「橿原神宮前を友」の守備範囲に入っています。故に、この読みで読まれる可能性は、ゼロとは言えません。

ただ……問題は、「橿原神宮前を友」の守備範囲そのものが、あまりに広すぎる事です。考えられる動詞だけでも、全部で何種類あるか分からないんですよ?
つまり……(※)が読み手に読まれる可能性はゼロではありませんが、単純な確率論的に考えたとしても、その確率は限りなく低いと言えます。

ここまで読みの種類が多いと、読み手としてはどれを読んで良いのか判断に迷います。必然的に読み手は句意に辿り着きにくくなるので、句意に応じてもう少し景を絞った方が良いかもしれません……が、そもそも「橿原神宮前(十音)」という固有名詞の音数が多いので、それも難しいかと。

また、「季語との距離感の変化」ですが……そもそも、この「初詣」の解釈も、「主観が初詣に行く」「主観が友と待ち合わせて初詣に行く」はもちろん、語の組み合わせによっては「自分は初詣とは関係ないけど、周囲は初詣の客でごった返している」等の読みも成立します。
故に、どんな読みで初詣を捉えるかによって、「橿原神宮前」との距離感も変化する物と思われます。

ただし、人間にはバイアス(先入観)という物があって……「初詣」と「橿原神宮前」という単語を並べられると、殆どの人はこの2単語を結び付けて考えてしまうと思います。ましてや、この句の中にある手掛かり(助詞以外の単語)は「初詣」「橿原神宮前(or橿原神宮+前)」「友」の3つだけなので、そうなる可能性は非常に高いと思います。

ところで、この実験句を踏まえてどのような句を作ろうとしているのかは分かりませんが……最後に、非常に重要な事を一言。

https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/haiku/corrections/view/32922

≫漠然とした表現では読み手に景が上手く伝わらないし、かと言って景を細かく書いてしまえばそれだけ句は説明っぽくなってしまい、俳句としての味は薄れる。

そもそもの景が十七音に収まりそうもない場合、即ち

景の説明に必要な固有名詞の音数が多い場合
状況が複雑で、説明に多くの単語を必要とする場合
大多数の読み手の想像しにくい方向(非現実的な方向や、読み手が読みたがらない方向)に景を持っていきたい場合

……は、このジレンマから逃れられなくなります。

俳句でやっていけない事はありませんが……高性能な俳句を作ろうとしたら、こういう景は初めから選ばない方が無難です。

私はこのジレンマで、死ぬ程苦しみました。俳句を辞めたくなるくらいに。
……同じ苦しみを味わいたいと言うのなら、私は止めませんが。

俳句は、十七音しかありません。
読み手はエスパーじゃないですし、「点と線」はそんなに便利で万能な物じゃないんです。

俳句は、書き手が読み手の思考回路を借りる事で完成します。
故に、「大多数の読み手の一般的な思考回路」を予測できない・理解できない人間は、俳句の世界に足を踏み入れるべきではありません。

もし踏み入れれば、

俳句そのものか、俳句に携わる人間か、それとも自分自身か

……このうちのどれかが、致命的レベルで嫌いになります。

句の評価:
★★★★★
★★

点数: 1

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添削対象の句『初詣橿原神宮前を友』 作者: みつかづ
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