「くぐりゆく珈琲の香や年の暮」の批評
回答者 ヨミビトシラズ
「年の暮といっても、別に大した事をやるわけではない。ただ、いつもと同じように(or忙しくて普段はできない)喫茶店に行って、珈琲の香りを浴びてくる……それだけで十分さ」みたいな呟きが聞こえて来そうな句。句景としては悪くないと思いますし、描写も致命的な所はありません。
ただ、この句にはもう一つ、「年末でゆっくりしたいのに喫茶店のバイトが入ってしまってどうにもならない」や「喫茶店の珈琲の香りを横目に商店街を歩く」みたいな読みができなくもないので、その辺の主観の立ち位置(客なのか店員なのか、自宅なのか喫茶店なのか道なのか)がもう少しはっきりしていると良いかも。
「くぐりゆく珈琲の香」という表現は好きですが、ひょっとしたら他に入れておくべき情報があるかもしれません。私の取り越し苦労かもしれませんが……(^_^;)
点数: 2
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今年の2月にこの道場に入門して、「かな」にはキレをいれない。「三句切れ」は良くない。「季語を語ってはいけない」など、様々のことを教えていだだきました。
ついついそのような教えを忘れがちですが今後とも宜しくお願いいたします。
拙い句ですが今年の私の自薦10句です。(自薦力にはまったく自信がありませんが)
・雪催い革命前夜のスミノフ
・ドライブスルー春着の袖の受け渡し
・土筆野や瓦礫の咆哮は無色
・青田波平泳ぎなら渡れそう
・縦笛の名前ひらがな扇風機
・盆踊りドレスコードはご自由に
・流木はニライカナイの夏涛知る
・行き違う風の狭間の蜻蛉かな
・朽ち果てしバス時刻表山紅葉
・牧柵の電流はOFF秋の暮