「トマト食う酸っぱき数多の人の経」の批評
回答者 ネギ
ルビー様
グレーは私も好きではありません。
それが全てではない事も知っております。迎合主義でもありません。
この道場で語れるのは俳句の事です。
詠んでも伝わらなかったらつまりません。頑張ろうと思います。
人生論を語りたいのであれば、そんな場が有ると思います。
こんな事くらいしか申し上げることができません。失礼します。
頑張ってください。
点数: 1
添削のお礼として、ネギさんの俳句の感想を書いてください >>
作者 ルビー 投稿日
回答者 ネギ
ルビー様
グレーは私も好きではありません。
それが全てではない事も知っております。迎合主義でもありません。
この道場で語れるのは俳句の事です。
詠んでも伝わらなかったらつまりません。頑張ろうと思います。
人生論を語りたいのであれば、そんな場が有ると思います。
こんな事くらいしか申し上げることができません。失礼します。
頑張ってください。
点数: 1
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回答者 イサク
横からすみません。
ルビー様は「作品から作者の心情を読み取る、表現の仕方、言葉の紡ぎ方については普通の人より力はあると思います」というコメントを、ご自身でしております。
そのわりに、「思いを大切にしたい」と言いながら作者の思いを読み取れていなかったり、「その他の2句は内容に嘘があります」と全然無関係の俳句の作者を貶めたり、「添削
道場ではなく添削同好会ですね」と小馬鹿にするようなひとことを述べたり。
本当に、心情を読み取る力がありますか?言葉の紡ぎ方の力があるとお思いですか?
かくいうご自身もそもそも日本語を使い間違えていたり、ご自身への指摘は耳が痛いのか「こんな自分ですが」と開き直ったり、「考えが違う」と突き放したり。
横から見ていて、もう少し謙虚になった方がよいのでは?と思いました。
ご自身は「自分の思いを受け取ってほしい」としてコメントや投句をされているようです。原爆忌の句などは特にそうですね。
なのになぜか、他人にも同じように思いがあると気づいていないように見えます。
慈雨様と同様に私も拒絶されると思いますが、私もここまで見届けて、仕方なくのコメントです。ご容赦ください。
点数: 10
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回答者 ネギ
ルビーさま
句をいただいたのですが・・・
トマト召す冷たさ染みる不養生
トマト召すの「召す」は貴人の動作を敬う敬語ですよ。
自分に対して「召す」というのは丁寧語ではありません。使い方がおかしいです。辞書で調べてみて下さい。
御句、私には評価は難しいですが、今まで道場で教わった限りでは、俳句としての形ができてないと思います。
韻律が良くないし中八ですよ。
偉そうな事を言いましたが気になさらないで下さい。失礼しました。
点数: 8
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回答者 おかえさきこ
おはようございます、横から失礼いたします。
イサク様への質問を読みました、仕事が現役なこと、マネージメントの経験があるかどうかが、俳句と何の関係があるのでしょうか?
そもそも 貴方はめいさんとのやり取りで、自分はここにはふさわしくないと仰ってもうコメントや投句はされないんじゃなかったのではないでしょうか?
もし気が変わったなら、そのように 前置きしてからまたよろしくお願いします とか、ご挨拶があってもいいように思います。
ここは 俳句を 好きで学びたい人の集まりです、
不躾な質問は控えた方がいいと思います!
イサク様の仰る事はごもっともです!!
点数: 7
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回答者 知恵ゲバラ
貴方は、とことん呆れかえる程の「利己主義者」ですね。
イサク様が、どのような立場の人かは関係の無い話です。
(このサイトの人は殆どの方がイサク様がどのような人物かを理解していますが、)
問題は、その人の立場がどうであるかではなく、その人の貴方への指摘は100パーセント正しいと言うことです。
「長いものに巻かれろ」
「強い者に組せよ」
と言うことではありません。
人の意見を「聞く耳」を持ちなさい!
と言うことです。
それが嫌と言うなら、今の貴方に俳句を詠んだり、人様の俳句を語る資格は無いと思います。
これは蛇足になるかもですが、
少しばかり歌の「作詞」を齧った程度で
他所の句選の特選句を鑑賞・批評出来るだけの能力は今の貴方には残念ながらありませんね。
これ以上「俳句」に無駄な時間を費やさず
他の事に貴方の貴重な「時間」と「頭」を使われることをお勧めします。
貴方に「俳句」は向いていないと思います。
悪しからず。
点数: 4
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回答者 みつかづ
初めまして。貴句、拝読しました。
去られるとの事ですので、最初で最後のコメントになるかと存じます。
以下長文、お含みおきください。
下五の「人の経」の解釈が、幅が有り過ぎて「作者が想定なさってる方向は
どれだろう?」と私は読み迷いました。
経は「きょう」、「けい」、「たて」、「たていと」、「ふ」の5通りの
読み方があり、読み方によって意味が全く異なりますが、
「数多があるので多分たての意味だろうけど、酸っぱきがもし人間関係の道理の
事だとしたら、たてとは限らない」となる訳で。
また、人間関係の事だとしたら、動詞「食ふ」は要らないとの読み解きもあれば、
必要とも受け取れるんですよね。
作者コメントにお書きの「永く生きれば良い事ばかりではあリませんよね。」に
寄せるのであれば、例えばですが、以下、
・塾したるトマト甘きも酸いもあり
等もできなくは無い訳で。「熟したる」で永く生きている事を暗示して、
良い事が甘い、良くない事が酸いで。トマトの季語としての力弱くなりますけど。
要するに、調整が添削なんじゃないでしょうか?
他は、コメントに個人的に思った事です。
・季語とか五七五とかは後付けで誰かが考えものだから本来それほど
重要なものではないはず。
弁証法的に見ますと、それ程重要でないものだとしたら、
形はもっと変わっているのではないでしょうか?
音読した時のリズム、文字列の見た目。それらの心地好さが定着したので
俳句や短歌、中国の漢詩(五言絶句、七言絶句など)には
定型、定番になっているのではないでしょうか?
詰将棋創作も「実戦形」なんかはそうです。
欧米的な思考法に唯物弁証法がありますが(ドイツ出身のカール・マルクスが
提唱したものの見方、考え方)、音読した時の心地好さ、四季を大切にする
日本人的な考え方が受け継がれているものが「俳句」という
文化、文芸なのではないでしょうか? その成立の歴史的な背景を
無視してしまうのは流石に乱暴ではないかと私は考えます。
余談ですが、季語を必要としない短歌にも、季語が入ってるもの多いですよ。
また、音楽の作詞もある程度の韻律は考えられてるでしょうし、
コード進行も定番ありますよね。例えばⅢm→Ⅵm→Ⅱm→Ⅴ7→Ⅰの様に。
邦楽でも洋楽でも定番の「強進行」です。
聴いてて皆が心地好いので、このコード進行ってどこでも多用されてる訳ですよね?
欧米か日本かは関係無いのではないでしょうか。
・欧米人は既存の決まり事に疑問を持つ、それに対して日本人は疑問に思わず
ひたすら従う。
これは流石に、二項対立的な見方ではないでしょうか?
「季語を含んだ17音の短詩」が俳句ですので、それに従わないなら
俳句である必要性が無く、普通の詩でエエやんという事になりますよね。
詩のジャンルの分類上、俳句とはこの様な形式ですよという事ではないでしょうか?
・当社の親会社のドイツ人なんか、そう言って笑ってますよ。
それは俳句とは全く関係が無い事ですよね。
親会社のドイツ人の方は、日本の文芸に対してどれだけの知識をお持ちでしょうか?
という事になっちゃいますので。
因みに、私も遠慮会釈は無い方ですが。
・既存のスタイルを無くす必要はありません、新しいスタイルを作ることが
大事なのです。
では、「新しいスタイルとは何か?」という定義のお話に
なってきませんでしょうか?
例えば、私がここで詠んだ2句
・AIはいさ気も知らず躑躅の香
・ゆく夏や蜩交じる蝉時暮
見る方によっては斬新に見えたり、逸脱していたりする様に見えるでしょうけど、
では、時代を大きく跨いだり、季語を3つや4つ入ってても、それって
スタイル(表現方法)として新しいか?と言われますと、結局既出なんですよ。
明治~大正時代には既に詠まれておりますので。
そして、「俳句」という枠の中には納まっている訳です。
・ここは俳句添削道場ではなく、俳句添削同好会
そのご意見、確かにその一面はあると私も思います。
ひどい場合は改作になってしまっている事も見受けられます。
添削ですよね?
句の字面と作者コメントで作者が句で表現したかった事との乖離を埋める為、
言葉が足りていなければ「添」え、言葉が多過ぎるならば「削」る。
その際は作者に心を寄り「添」え、良くしようとの我欲は「削」ぐ。
それが添削じゃないでしょうか? 乖離が無ければ添削の必要なんて無いでしょう。
ですが現状、「読者の感性」が優先されて句の構造的理解が置き去りにされている
傾向が見受けられ、そこに矛盾を孕んでいると私は感じます。
感性を先行させると「句として優れていても感動しなければNO」という評価に
なりがちですが、ここは本来「添削道場」ですから、優劣をジャッジする場では
なく、作者の意図と表現との乖離を埋める場の筈です。
ですので、その点に気付かれれば、去られる必要はないのではないでしょうか。
以上です。ご覧いただきありがとうございました。
点数: 3
添削のお礼として、みつかづさんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 ネギ
ルビー様
こんばんは。御句、先ず、俳句の基礎を学んでください。
前にも申しましたが、俳句としての美しさが無いと思います。
みつかづ様、イサク様はじめ、先輩方の親切丁寧なご助言を頂きながら聞き入れないのは、損ですね。
イサク様に対して恨み言を言われるのは言語道断、戒めた方がいいですよ。
ルビー様はこの道場で何がしたいのですか?
俳句を真摯に学びたいなら、自分はゼロ、いや若しくはマイナスからの出発と自覚してほしいですね。この道場の方は俳句に関しては何でも受け入れてくださいます。
御句、多分ですが≪トマト食ふすっぱき味も人の常≫こんな事でしょうか?
イサク様に「この道場を去る」みたいな文言ががありましたのでご覧になることは無いでしょうが一応書かせていただきました。
宜しくお願いします。
点数: 3
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回答者 小沼天道
こんばんわ
トマトも経験も、酸っぱいばかりでなく、甘いのもあるし(^-^)bと言う事でちょっとだけ変えてみました。
・トマト食う人の酸つぱく甘き経
点数: 2
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回答者 独楽
おはようございます。
さっそくながら、日本俳句協会のマニュアルに沿って客観的にお話しするのが分かりやすいかと思いまして。
同協会の掲げる、「意を注ぐべき六条」は次のとおりです。
❶詩因(詠んでみたいと 思った題材、気持ち)を捉える
❷分量をわきまえる
❸省略を巧みにする
❹配合を工夫する
❺わかる用語を使う
❻ていねいに詠む
いずれも大切ですが、御句においてはとりわけ❸と❺が当てはまる気がします。
酸っぱきは省略できるのではと思います。
次に「数多の人の経」とは?。仏教的な意味合いなのでしょうか、それがトマトの酸っぱきとどう響くのか難しいです。
因みに私は、❸の省略、つまり余白余情をつくりだすことに腐心していますが、時に分かりにくくなることがあるので反省しています。
協会の掲げるマニュアルです。
https://jphaiku.jp/wp/2018/12/10/4085/
お役に立てれば幸いです。
点数: 1
添削のお礼として、独楽さんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 独楽
再訪です。
余白がないとただの散文、過ぎると意味不明の呪文!
結局作者の表現とそれをもとにした読者の想像の相乗効果で、良い具合に収めることなんでしょうね。
御参考までに。
点数: 1
添削のお礼として、独楽さんの俳句の感想を書いてください >>
優れた添削・批評は日本俳句研究会の記事として、転載、引用させていただく場合がございます。ご了承ください。
永く生きれば良い事ばかりではあリませんよね。