「郭公のこゑ又こゑぞ宿場町」の批評
回答者 みつかづ
こんにちは。貴句、拝読しました。
ワザと地名を入れずに「宿場町」にしてあるのが、味わい深いなと、
私は思いました。
今は寂れてしまった山深い山村の宿場町に、
郭公の鳴き声は何度もしているよ、と。
良いですね。このまま味わいたいと、私は思います。
拙句、「ベランダの小さき蜘蛛の巣切れにけり」へのコメント、
https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/haiku/corrections/view/31179
「吾の袖は乾く間も無し梅雨入り前」へのコメント、ありがとうございます。
https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/haiku/corrections/view/30739
後者は二条院讃岐の以下の短歌(小倉百人一首に掲載)を、少し本歌取りを
意識したものです。
我が袖は潮干に見えぬ沖の石の人こそ知らね乾く間も無し
意味:私の袖は引き潮の時にも見えない沖の石の様に、
人は知らないけれどもいつも涙に濡れて、乾く暇も無いのでございます。
ちょっと大げさだったかもしれません。
(元々は短歌畑から俳句に入ったので、短歌の意識が出てしまう)
以上です。
ご覧いただき、ありがとうございました。
点数: 1
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またまたリフレインです。