「足軽やかな帰り道」の批評
木村さま、はじめまして。
自由律俳句
をめざされているのですね!すごい、応援します☆
御句は自由律&無季ですね。自由律については私も勉強不足なので参考程度に読み流してください。
自由律俳句も立派な俳句のジャンルだと思います(俳句ではない、という意見もあるようです)が、当然に独特の難しさがあると思います。
俳句がなぜ五七五を定型としているかと言えば、それが聞いていて心地よいリズムとしてスッと心に入ってくる、という大きなメリットがあるからですよね。
その定型という武器を(あるいは、季語
という武器さえも)わざわざ自分から手放すわけですから、よほど詩がないと成功させるのは難しいと思います。
・まっすぐな道でさみしい/種田山頭火
・咳をしても一人/尾崎放哉
といった自由律の名句は、短い言葉の中に奥深い余韻を備えているところに魅力があると思います。
そういう視点で見ると、御句は決して悪くはないと思いますが、学校にせよ仕事にせよ、帰り道は用事を終えた解放感で、足が軽やかになる人が大半だと思います。そう考えるとやや当たり前すぎる感じがします。
先の山頭火の句のように「まっすぐな道はなぜさみしいんだろう?」と読者に考えさせる余白が出ると、より深みのある良い句になるのではないでしょうか。
私は自由律を詠んでいないので、下手な提案句はやめておきます。感想だけでごめんなさい。
最後に。もちろんこのサイトに自由律俳句を投稿するのは全く問題ないと思います。
ただし私の知る限り、この道場に参加されている方はほとんど全員、有季定型をベースとして作句されている方々です。そのため、自由律俳句に対してどこまで的確なアドバイスができるかは未知数な部分があると思います。
もし自由律を極めたいのであれば、そういった結社などに参加されることも検討してもいいと思いますよ。(決して、自由律はこの道場に投稿するなとか、そういう意味ではありません)
長々失礼しました。
果敢なチャレンジ、あらためて応援しております。
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