「花の夜や箱型ブランコの撤去」の批評
回答者 慈雨
めい様、こんばんは。
箱型ブランコの撤去。やむを得ないところはあるにせよ、寂しいですね…。
〇季重なりについて
敢えての季重なりとのことですね。
「花の夜」…私の手元の歳時記には記載がありませんでしたが、まあ「花」が季語
なので、季語と言えそうです(「夜桜」だとニュアンスが違いますかね?)。
「ブランコ」…ブランコが春の季語なのは中国の慣習や漢詩が由来のようですが、それはあくまで「春に遊ぶ」からであって、ブランコの撤去は季節感に乏しく、季語としての力は弱い気がします。
そのため、御句での主たる季語は「花の夜」として鑑賞しました。季重なりではありますが、句として成立していると思います。
(ただ、季重なりにしなくても詠めそうな気はします)
華やかな印象の「花の夜」と撤去されるブランコの対比・ギャップは効いていると思いました(逆にたとえば「春寒し」とかだと近すぎる気がします)。
〇「ブランコの撤去」なので、いま撤去(解体)作業中ということですよね。
遊具の撤去作業を夜に行うことってあるんですか?ちょっと考えにくいような気がしたのですが。
もし「花の夜」を残すなら撤去直前という景にして、
・花の夜や箱ブランコを巻くテープ
とかで原句の句意に近くなるでしょうか?
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昭和の遊具が危険と見做されどんどん消えてゆく。