「おのこでも桃の実食べてピーチピチ」の批評
回答者 なお
めいしゅうさん、こんにちは。
拙句「初蝉に」にコメント有難うございました。
そして再訪でお問い合わせをいただきましたので、わかる範囲でお答えします。
「理屈」のことですよね。
俳句は、基本的には四季折々の花鳥風月を愛でながら作者の心情を投影していく文芸だと思っています。
そしてそれは、人々の共感を呼びながらもそこに独自のオリジナリティを示すと、作品としてかなりレベルの高いものになると思います。
問題はこのバランスで、共感を重視すると「あるある」となったり時として理屈っぽくなり、オリジナリティを重視しすぎると、何を言っているんだか訳がわからなくなります。
もちろんこの尺度は人それぞれであり、句選などでは選者の先生によって全然違ってきます。
俳句に限らず芸術は全般に、鑑賞する人によってその評価はまるで異なってきます。正解はない、というか、ピカソや岡本太郎さんの作品は、未だに「わけわからん」という人は少なくないのでは(笑)。
でも俳句は最低限のルールがあります(五七五、季語を一つ※)。それはしっかり踏まえたほうがいいですけどね。まれに、五八五になったり、うっかり季語を忘れたり二つ入れてしまったりすることがありますが、そんな時に気づかせてくれるこの道場の存在は有難いですね。
(※他の句選に応募するときはもっと応募のルールがあります)
この道場は色々な方々が色々な角度からご意見を言ってくださるのが嬉しく、また、言う側も仮に初心者でも感想なら言えますから楽しいのだと思います。
ですから私は、めいしゅうさんのように受け取ってくださった方も、「理屈」と言ってくださった方も同じように有り難く思っています。あとはそれをどう成長の種とするかです。それが、意見をしてくださった方々に対する作者のお礼になると思います。
以上、お答えになりましたでしょうか?引き続きめいしゅうさんのご健吟をお祈りします。
点数: 4
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