「身に入むや解体される幼稚園」の批評
回答者 げばげば
こんにちは。
いつも勉強させていただいています。
マサトさん、本を読んで勉強されているということで、基本形きっちりできていると思います。みなさんの意見も参考になりますね。
「身に入む」と「解体」の近さという意見もありました、確かにと思えますね。
実際、「身に入む」は映像を伴わない季語なので、目の前には解体されている幼稚園があるということだけで、それ以外に映像がないのです。その様子を「ほんとに感じ入るわー」と言っている季語なので、映像を一つ足すことで奥行きが出ないか?というのが、なおじいさんの秋夕焼であるとも思います。身に入むと言わずとも、しみじみしているのがわかるうえ、映像が足された季語だからですね。
俳句ってむずかしいですけど、実に楽しく豊かな気持ちになります。ぜひぜひいろいろまた見てみたいです!
点数: 1
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だいぶ前に閉園していた幼稚園が解体されています。
職場の近くにあり、幼稚園が開園していた頃は、園児が職場の近辺を散歩する様をよく見かけました。近くの人には思い出の場所でもあると思います。
時とともに失われる寂しさを詠んでみました。