「孫去りて淋しき縁に西瓜の芽」の批評
回答者 豆の山
ゴーヤの俳句でコメントいただいたものです!かほり→香とすると、新鮮な青々しいかおりがするような感じがして、なるほどと思いました!ありがとうございます。
西瓜の芽がでているなんて面白いですね。
淋しき縁→「淋しき」と言わずに他の言葉で補えないかなと考えましたが、浮かびません(^o^;)「夕日の縁に」とかでしょうか。。
また、御指南ください!m(_ _)m
点数: 1
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作者 いなだはまち 投稿日
回答者 豆の山
ゴーヤの俳句でコメントいただいたものです!かほり→香とすると、新鮮な青々しいかおりがするような感じがして、なるほどと思いました!ありがとうございます。
西瓜の芽がでているなんて面白いですね。
淋しき縁→「淋しき」と言わずに他の言葉で補えないかなと考えましたが、浮かびません(^o^;)「夕日の縁に」とかでしょうか。。
また、御指南ください!m(_ _)m
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回答者 ハオニー
修正を何度するのですね
私も自分の句を修正する回数は多いのですが、「直してもそれほどよくならない」句はすぐに諦めて放棄しています
まだ私は一度も意見を出していなかったはずですので、深刻に受け止めずに読んでいただけると
一句の分量は適切だと思います
お孫さんがいなくなってしまった淋しさを埋めるかのように西瓜の芽が出てきてくれたに違いない
なんて意図が見えました
この内容なら、きちんと俳句の定型に収めれば詩的なものは感じられるでしょう
気になるのは二つ...
「西瓜の芽」は秋以前に出ていないか?
→この句が秋の句だと限定する理由がないので、季節はいつでも構わないと思います
「西瓜の芽」は私の調べた限りでは、花が出る夏頃によく見られるので、夏の季語と考えるのが無難かと思いました
西瓜の芽が出て花が出て果実をつける過程が全て秋ではないはずですから
そして、「縁」が縁側をさしていることが分かりづらかったです
私は「縁」を「血縁関係」とミスリードしました
これだけしか見ていないので、「縁側」と気づかなかったのです
しかし、「縁側」と書けばいいのにとも思いました
私もそういう感じでやってみることに
孫去りし日の縁側に西瓜の芽
孫が去ったら淋しいはず、普通の人間ならば
孫が去って嬉しいと感じるなら、家庭内は大変でしょう(
そもそも「淋しい」という感情に使える音数、私はないと判断しました
点数: 3
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回答者 塩豆
こんばんはです!
推敲前よりかなり良くなったと思います。読み手に一体何を伝えたいのかがより明確になったのではないでしょうか。
私も一句
孫去るや縁に西瓜の芽の可憐
この場合に関しては切れを入れ、余韻を出したくなりました。また、露骨に「淋しい」とは言わないでおきました。
点数: 1
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回答者 桜子
最初だんだんと書かれていたので芽は複数だと思いました。
・西瓜の芽孫来し証点々と
だったらどうですか。
獣(失礼)の足跡🐾が点々と残っているみ
たいな感じで。西瓜の種飛ばしをした事のない人には説明不十分と言われるかもしれませんが。
点数: 1
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西瓜の芽の修正句です。