ソーラーパネル眺める田舎の鯉幟
作者 こはる 投稿日
コメント(俳句の意味。悩みどころ)
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「ソーラーパネル眺める田舎の鯉幟」の批評
回答者 たーとるQ
こはるさん初めまして。たーとると申します。
御句はハイテクに変わる田舎の風景と、今なお変わらない鯉幟を取り合わせる。この発想は俳句として非常に素晴らしいです。
惜しいのは言葉の選択でしょうか。
「ソーラーパネル」だと家庭用の小さなものも指しますので、住宅街の一戸建てに立てられるこぢんまりとした鯉幟を思い浮かべる人もいるかもしれません(てか私がそうだった)。
また「眺める」という擬人化も少し説明的で、中八(中の句が8音になっている)を作る要因にもなっているので変えたいところです。
折角コメントに情景をはっきりとさせる言葉があるのですから入れちゃいましょう。
・田園はメガソーラーに鯉幟
こはるさんはコメントが丁寧ですし、伝えたいことに詩情を感じてとてもくなりそうな人と思ってます。
次回もまたお願いいたします。
点数: 0
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「ソーラーパネル眺める田舎の鯉幟」の批評
回答者 イサク
こんばんは。はじめまして。よろしくお願いします。
あまり俳句を作り慣れていない方とお見受けします。
楽しい発想ですね。
季語「鯉幟」はよいのですが、ちょっと音数がはみだしすぎているようです。
この句のポイントは「メガソーラーを見ている(かもしれない)鯉幟」ですよね?
コメントからご本人は「田舎」という単語にこだわりがあるのかもしれませんが、そもそもメガソーラーがあるような場所はあまり都会ではないと思います。
「田舎」という説明は、勇気を持って省略してもよいのではないでしょうか。
また、俳句は十七音しかありません。「昔は田園風景だった」という説明まで入れようとすると、俳句の十七音を簡単にはみ出していきます。
過去の説明はできるだけ入れずに「今を詠む」方が、俳句は良いようです。
・メガソーラー眺めてをるや鯉のぼり
この「や」は切れ字の「や」ではなく、軽い疑問の「や」です。
「眺めているのではないだろうか」という感じで受け取ってください。
点数: 0
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「ソーラーパネル眺める田舎の鯉幟」の批評
回答者 なおじい
こはるさん、こんにちは。初めまして。
御句拝読しました。
ちょっと字余りの点とかは、次から五七五を気をつけていきましょう。
私の提案句は、
・ソーラーを泳ぐ田舎の鯉幟
です。
あまり擬人化はいかがかと思いましたが、「眺める」よりも躍動感を出しました。
それと、都会の「いらかの波を泳ぐ」に対比させてみました。
点数: 0
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田舎では今でも大きな鯉幟が泳いでいます。昔は、田園風景を眺めていただろう鯉幟。今は、昔と変わらぬ田園風景とともに、近くにできたメガソーラーを眺めている。それを眺めて、鯉幟は何を感じているだろう、と想像して句にしました。