「チョコバナナ手にした笑顔花吹雪」の批評
回答者 なお
まーまさん、こんにちは。
御句拝読しました。
いい感じの句ですねー。こういうのを拝読すると、チョコバナナ食べたくなります(笑)。
さて御句、「チョコバナナ手にした笑顔」では、作者ではなくお子さんの笑顔だろうとはわかるのですが、その理由は「買ってもらえたから」と思えてしまいます。
これは損だと思います。お伝えになりたいのは自分で買えた満足感が笑顔に出ていたということだと思うからです。「食べ物を買ってやったら喜んだので可愛い」と思われるだけではもったいないです。
そこで考えましたが、
・花見会自分で言えたチョコバナナ
・お花見や一人で買えたチョコバナナ
とかいかがでしょうか。お子さんのことなので口語体にしました。
点数: 2
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市内の花見の名所で、2年ぶりに花見会場が開かれました。出店で、「自分のおさいふ」からチョコバナナを買ってニッコニコの我が子。
前にお花見した時は、抱っこの赤ちゃんだったのに、もう自分でお買い物が一つできるほど成長したんだなぁという喜びと、
成長は止まらず月日は儚く流れていくことも忘れないでいたい(感染対策も大事だけれども、今今である子どもの育ちも大切に守りたい)、
という思いを込めたいです。
(ちなみに、この後チョコバナナは、半分落っことしちゃいました。切ない…苦笑)