「枯葉踏み恋の憶えに身悶えす」の批評
回答者 なお
よした山月さん、こんにちは。御句の感想と提案句を置かせていただきます。
これまでの句で思いますのは、よしたさんは本当に情熱的ですね。コメントにそれが表れています。
これってとてもいいことだと思います。淡白なのもいいですが、情熱を俳句にぶつけるって、素晴らしいと思います。
ただ、私は初心者ながらに思いますのは、そのほとばしる情熱を内に秘めて、抑え目に(控えめに)表現した方が、俳句の受け手には好印象のようですよ。
例えば掲句、コメントの中の句でもいいのですが、「身悶えす」。これはかなりすごいことですよ。お気持ちはわかりますが、もうすこしサラッと伝えた方が、逆に読み手は「え?それだけなの?もっと色々あったんじゃないの?」と関心を持ってくれると思います。
例えば、これは提案句ではありませんが、「枯葉踏み昔のことを思い出す」くらいであれば、「え?なになに?昔の何を思い出してるの?」となると思いますが、御句だとすでにお腹一杯です。
いつも厳しい言い方をしてごめんなさい。よしたさんはとてもいいものを持っていらっしゃるので、楽しみにしているが故にです。どうぞご容赦ください。
点数: 1
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『枯葉踏み埋火恋に身悶えす』
と悩み、万人にわかりやすいかなと
上を選択。また下とも。。。
『枯葉踏み埋火の恋身悶えす』
三段切れになる?!、埋火恋と熟語のようになり、そんな言葉ないよ!となるのか判断なと下げに。
皆さまの意見を聞くとなるほどと思えるものの
独りでは暗中模索。
爪の甘さが自分でも…
と思いつつ、弱ってばかりはいられないと
奮起して(笑)
二人出歩いたときの枯葉の感触
淡い想い出として埋火のように
心のどこがで小さく残っています。
でも、何かの拍子に少し炭火の力が増すことがあります。
感触や匂い、音と記憶ってリンクしてますよね…