「秋高し手を振り合へる跨線橋」の批評
回答者 なお
こんにちは。長谷機械児様、いつもお世話になってます。
御句、初読では、跨線橋が二つあり、こちらの跨線橋とあちらの跨線橋で手を振り合っているのかと思いました。しかしそれだとちょっと物理的にも心理的にも距離があるなと思い、読み返して、跨線橋は一つでこちらの端とあちらの端(対岸)で振り合っているのだと思いました。そしてご自身のコメントを拝見。そうですか、電車ですか。跨線橋というからには、たしかに下は川ではないですね。
ご自身でもおっしゃっているように、「電車の運転士さんが〜」のくだりは詠み込もうとすると大変ですが、単に手を振るだけでなく、「電車に手を振る」、これは入れないとと私も色々考えました。
ただ「電車」だとどうしても一音厳しく、「汽車」にすると収まるのですが、舞台が中央線ですものね。困りました。
げばさんの提案句か、
・秋高し橋から汽車に手を振る子
ではいかがでしょう。
点数: 2
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3連休、どこにも出かけないのは寂しい(家に居ても暑いだけで、また電気代がかかる)、と、ちょっと遠い近場(?)を歩いてきました。武蔵境-三鷹-吉祥寺の中央線三駅分の散歩。歳時記は持ち出してませんが、独り吟行みたいなものです。
その三鷹駅の跨線橋の風景。跨線橋の上には小さい子どもを連れた家族連れがいて、列車がやってくるのを見る度に電車に向かって手を振る。すると、中央線の運転士も跨線橋に向かって手を振り返した(ようにみえた)という風景。
「手を振り合へる」のは、子どもと運転士という人間関係(親子でも夫婦でもきょうだいでもない)で、かつ、跨線橋の上と、跨線橋をくぐる列車の運転席という位置関係。俳句では逆立ちしたって描ききれない情報過多。
やっぱり、運転士側からの応答は捨て去って、
秋高し跨線橋から手を振る子
くらいが無難かなあ、とは思いつつ。