「秋刀魚買うシーンから撮る配信者」の批評
回答者 卓鐘
ちょっと哲学的なことを書きます。
俳句は(基本的には)季語に代表されるような自然や外を描くことを主とする文学ですが、その本質は自己の内面を表現することであると考えています。
それは、俳句は「(韻律による定形)詩」であるからです。詩とは何かというと、外の状況を伝えることではなく、自己の内面の表現です。
自己の内面を、外の世界の描写を通して表現することです。それが感動を生むかと。
御句、その点、外の世界の描写で止まってしまっており、そこから作者の感受性というものが感じられない印象を受けました。(詩情がないとも言います。)
おそらくご本人も、YouTuberがなんか撮っていて大変だなぁくらいの印象をお持ちでないだろうなぁというのが句からは感じられました。(違ったらごめんなさい。)
点数: 2
添削のお礼として、卓鐘さんの俳句の感想を書いてください >>
ひたすら何かを食べる様子を配信するYouTuberさんが割といらして、その動画も結構人気があります。
せっかくなら、スーパーで食材を選ぶシーンから、調理するシーン、そして食べるシーンまでを配信したら、きっと面白いかなぁ、と思いました。
本句、秋刀魚じゃなくても良くない?季語活きてなくない?という感じでしょうか...。ついつい、季語よりもその周辺にスポットライトを当ててしまいがちです。