「紫雲英原漉き込みて田や蘇る」の批評
回答者 イサク
添削した俳句: 紫雲英原漉き込みて田や蘇る
こんにちは。
◆紫雲英原がなくなってしまった風景?
この句の現状は、どのような状況でしょうか?
この句では、紫雲英は土に漉き込まれてしまって、すでにそこにはないように思います
◆下五「田や蘇る」を見て、私は水田に水が入れられていて代掻きまで終わっているような状態を想像します。やはりそこに「紫雲英原」がありません。
◆もしかして、「今は紫雲英原だが、漉き込めば田が蘇るよ」という、作者の気持ちの句でしょうか?作者の気持ちだけの句を詩として昇華するのは難しいので、この考えは置いておきます。
句で出したい風景はなんであるか?
ここは作者自身整理した方がよいのではないでしょうか。
A.紫雲英原を耕したあとの、蘇った田の風景
⇒田の風景です。
田を横目に、「畦に咲く紫雲英」や、「田として蘇っていない土地の紫雲英」を詠むことなら可能かもしれません。
B.紫雲英原を耕して田を蘇らせようという最中の風景
⇒今まさに「紫雲英」を殺していることになります。季語「田打ち」「畑打ち」などの風景っぽいですね。「紫雲英」で詠むのは難しいですが、できなくはないかもしれません。
C.目前に紫雲英原がある風景
⇒季語「紫雲英」の句としては最もオーソドックスと思いますし、【紫雲英の句】といえます。
他の要素をどう入れていくか。たとえば「昔は田だった」という句は前例が多数あると思います。「田に戻す前の紫雲英原」という句もやれないことはないと思います。
他にもあるかもしれませんが、「紫雲英の句」ならば「紫雲英」を見せたいですね。
Aのパターンの提案句を置いておきます。
・田の横に紫雲英の原の残りをり
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