俳句添削道場(投句と批評)

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「雨雲と高きに登る僕がいる」の批評

回答者 森田拓也

添削した俳句: 雨雲と高きに登る僕がいる

ハオニーさん

こんばんは
いつも僕の句に、魅力的な添削をどうもありがとうございます
適当もまた、それも微笑ましいと思う森田です(笑)。

早速、ハオニーさんのして下さった句へのご添削をノートに大切に
写させていただきました。
何度も暗唱させていただいてます。
やっぱり、句またがり破調もかっこいいですよね。
句に迫力が出て。
僕も自らの句の可能性のために徐々にですが句またがりや
破調の研究もしていきますね。
どうもありがとうございます。

句意のご説明の通りに主人公の僕が雨を恐れて高い所へと行きますが、
そこには追い打ちをかけるように雨雲が待っていたんですね。
特に下五の「僕がいる」という言い切りのご表現が何か主人公の焦りや、
同時に何ものからも逃れられないという不条理さを感じます。

点数: 3

鰯の箱や臭いたたずむイートイン

回答者 腹井壮

添削した俳句: 段ボールたたずむイートイン臭し

虚俊さん、こんばんわ。
毎度お世話になります。

まず、句意を説明するコメントが面白すぎます。笑かせてもらいました。
シュチュエーションが独創的で何処まで実話で何処まで作り話かわからない微妙なリアリティとシュールさ。
>なかなか会話が進まない二人をよそに、魚は刻々と腐っていく。
このフレーズが臨場感を拡げています。
サンドウイッチマンに続きをコントで見せて欲しいですね。

さて季語を入れて動きずらそうなのは鰯か鮫ですね。
鰯は漢字からして腐りやすそうなイメージがありますし鮫やエイ(季語は赤えい)は腐りずらい割りにはすぐに独特の臭いを発します。段ボールは箱にすれば音数を節約できますね。
あとは虚俊さんの力でいかようにもなると思います。

季語かどうかは微妙ですがドリアンで一句。

ドリアンやバット折らるるローキック

無季ですがくさやで一句

瓶詰めのくさやを開ける孤独かな

長々と失礼いたしました。

点数: 1

「薔薇の絵で壁の弾痕隠しけり」の批評

回答者 ハオニー

添削した俳句: 薔薇の絵で壁の弾痕隠しけり

適当が分からないハオニーです

描写の句としては気迫十分ですね
薔薇の絵の下の弾痕が、衝撃的なストーリーを生んでいます
描写でストーリーを生むところまで来ているとなると、ハオニーとして生半可なコメントは許されないと考えていました

答えられる範囲で、疑問点にいろいろと答えていきます(敢えて教えないことも、本当に分からなくて答えないこともあります)

この句のシチュエーションでは、「薔薇の絵」は季語になりません
そもそも季語としての力は弱まっていますから、季節を定義する力はありません

「薔薇の絵を描く」が季語として扱われる理由は2つ考えられます
1.薔薇「の絵」を描く→薔薇を描く
「の絵」は不要な言葉と考えられるため、薔薇が季語として働くから
2.薔薇の絵を描いている人の目には、実物の薔薇があるから
以上の点から、この表現を季語として扱えるのでしょう

では、私が作品を読んで気になったことを...
結論は「俳句が全部言っている」です
全部言おうとする努力は必要です
しかし同時に、読み手の想像を膨らませることも大事です

薔薇「の絵」「壁に」弾痕と全部正確に言うよりは、そこを省いて弾痕の物々しさをさらに引き立てた方が、この句は面白くなるはずです
きちんとした描写が出来ているので、光景を何気なく描きたいのならこのままでいいのですが、うまくなりたいのなら詰めていきましょう
私はここまで行くのに俳句を始めてから5ヶ月かかりました

手を入れてドラマをつくってみます
添削ではなく一つの意見として受け取ってください

ルージュひく薔薇に隠している弾痕

弾痕が最後に字余りで来ると、物々しい余韻が強くなります
薔薇と弾痕の対比も、実物の薔薇と薔薇の絵とでは少し変わってくるはずです
だから添削とは呼べない代物です

点数: 2

お袋のよれたノートや玉子酒

回答者 虚俊

添削した俳句: 折れ目つく母のノートの玉子酒

季語から俳句が作れないタイプなので少し羨ましいです。
この句は取り合わせにすれば「母のノート」がもっと味のあるものになるかと。
「よれた」で年季の入ったノートが思い浮かぶでしょうか。玉子酒を飲みながら、母の経験と知恵が詰まったノートを見る。母への感謝がより深くなるのではないでしょうか。
「お袋」とすれば「まさかこの歳になって世話になるとは…」というのも表現できますかね。

点数: 3

「薔薇の絵で壁の弾痕隠しけり」の批評

回答者 腹井壮

添削した俳句: 薔薇の絵で壁の弾痕隠しけり

度々失礼します。

森田拓也さんが切れ字の追究をなさるのでしたらその手助けになる本を紹介します。
自分はこの本を読んで何故自分は俳句に魅せられてしまったのか何故俳句はこんなにカッコイイのか理解できました。
自分には尊敬も信奉する俳人もおりませんが唯一師事したいと思ったのが著者の清水杏芽氏です。
もっとこの本に早く出会っていればといつも思います。

本当の俳句を求めて―NHK俳壇の間違いと批判

副作用として森田拓也さんが現代の俳壇で孤高の道を歩まれようとしている事がわかると思います。

早めに目を通すに越した事はないのですがいつでも構わないので森田拓也さんは一度読むべき一冊だと思います。

点数: 2

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