「春の夕自転車を置く河川敷」の批評
添削した俳句: 春の夕自転車を置く河川敷
こんばんは。
選はそれぞれの句歴・師匠筋・伝統か革新か・好き嫌い、などでかなり違うので(この道場でも同じ句が褒められたりそうでなかったりしているので、わかると思います)選の入らなかった理由はなんとも言い難いところがあります。0点句の理由を伝え合うような句会もあります。
句歴の短い人や鑑賞の浅い人も集まるため、「新しい表現」「共感」「丁寧な句」「ミスがない」などわかりやすく美点を持つ句に選が集まる傾向はあると思います。選句数の縛りもあるので良い句だが低得点、というケースもあり、なんとも言えませんが、少しでも、ということで。
◆春の夕自転車を置く河川敷
風景だけで終わっており、作者の感慨(作者が感じた感慨&作者が読者に与えたい感慨)がどこにあるか掴みにくい句です。「置く」が自分の動作のため、報告に見えやすくなっています。季語「春の夕」が単なる場面設定になっている上に、「春の夕べって情感があって良いでしょ?」という作為も感じます。「夕」の情報が要るかどうか?たとえば「初蝶や自転車を置く河川敷」などなら?
◆山麓の茶園の縞に霞かな
季語「霞」よりも前半の風景に句の重心があり、それを「に」で場所説明としてしまったため、「霞」がかなり軽いです。他の季語でもよさそうな句になってしまいました。たとえば「山麓の茶園の縞に落雲雀」でもあまり句の風景が変わりません。「茶園」は要るとして「山麓」を言う必要があるかどうか?「縞」という表現は適正か?「霞」を本気で使いたいのか、別の季語でもいいのか。
◆特急の過ぎて向かひに菫草
電車が過ぎたから見えました、という因果・作為・時間経過の気になる句です。一見テクニカルに見えますが、上級者は好まないかも。この句も上五中七が重くなっており、季語「菫草」が野に生えている他の可憐な花に置き換わっても句意が変わりません。
◆春服やこけし三つのすまし顔
「春の服装」という季語に、いちおう人形である「こけし」をクローズアップした理由がつかめませんでした。こけしに春服を着せた、と言いたいのかなあ?と疑問が湧きます。「三つ」という数詞の効果もいまいちつかめず、音数合わせのようにも感じました。
こんな感じでした。
選に取られた句や、他の参加者の方々の句がわからないので、正解ではないかもですが。
点数: 4
