√7 虹を破る者〜妹を取り戻すまでの、7週間の英雄譚〜
スレ主 秤屋シオン 投稿日時:
ある日、無気力な男子高校生・慧央は、双子の妹・依呂葉を失うという最悪の結末を迎えた。しかし、突然現れた謎の幼女にキスされて、7週間前にタイムスリップすることになる。
やり直すチャンスを得た慧央は、そこで《破虹師》——《虹化体》という化け物を倒す組織の一員となり、《虹》にねじ曲げられた人々による様々な思惑を掻い潜りながら、妹を守るために奔走する。
これは、少年が全てを捨て、名も無き英雄になるまでの7週間の物語である。
↑ここまであらすじです
まだ投稿前のものなのですが、物語の始まり方に迷いがあります。
もともと、プロローグはもっと静かな始まり方だったのですが、タイムリープものなら大人しくタイムリープしとけ、と別の場所で助言を頂き書き直したものになります。
このあと、6話くらいこのシーンに至るまでの回想シーン風なものがあり、そのあとようやく主人公が過去で目覚める……という構成です。1話辺りの文字数はこれくらいです。これもまた長いでしょうか。それより、開き直って静かな始まり方に戻すべきか。それも悩んでいます。
プロローグ
——《|虹化体《こうかたい》》。
虹に支配された現代日本において、人間を食い荒らす化け物のことである。
黒い半固体状の体と赤い瞳を持ち、身の丈は平均3メートルはある。加えて、銃器等の現代兵器は全く受け付けない。
食欲だけに支配された下等な知的生命体ながら、その力は常軌を逸しており……一般人では手も足も出ない、まさに捕食者。
それに対抗する者達はあれど、完全に制圧することはできない。——それが、この90年弱の間で形成された常識だ。
人間は、地球の覇者の座を化け物に譲り渡したのだ。
無限に湧く虹化体の《欲望》のままに食われ、殺され、弄ばれる。ただそれだけの存在。
だから、これも——《よくある》無数の悲劇のひとつだ。
西暦2100年、8月25日。
1人の少女が死んだ。
そんなことは、歴史の片隅にも記憶されることのない、ごくごくありふれたことに過ぎないのである。
——もう日も落ちかけた東京の街に、2人の少年少女が蹲っている。
少年——|慧央《えお》は喉を引き裂くような勢いで泣き叫び、腕の中の少女を強く抱きしめた。
その度に、少女の胸にぽっかりと空いた穴からは血が吹き出るが、少年はもうそんなことは考えられない。
どんどん体温を失っていくその体に恐怖しながら、自らを責めるだけである。
——10年振りに再会した、世界でたった一人の家族。そんな少女が、こんなにもあっさり殺されてしまうなんて。
——俺に、力が、無いばかりに……
少年の目の前には、頭から真っ直ぐな一本角を生やした虹化体が佇んでいる。その角の先には真っ赤な血が付着しており、それで少女を串刺しにしたのだということがありありと分かった。
いや、少年はそれを目の前で見せつけられたのだ。言われるまでもない。
そんな虹化体は、ギザギザした漆黒の口を結び、少年が絶望する様をただ眺めている。
そう。眺めているのだ。
無抵抗の少年を殺すこともせず、目の前で愛しい人を失ったという絶望に打ちひしがれている少年を、ただただ観察しているのだ!
それに気づいた少年は、笑った。
心のどこかが、ぼきりと音を立てて壊れる。
「……そうかよ。《憤怒》。お前……|依呂葉《いろは》が死ぬのを、待ってたんだな」
虹化体は食欲に突き動かされる生命体ではあるが、この世にごく僅か——それ以外の行動原理で動く虹化体がいる。
人間を罪に貶める7つの感情、《七つの大罪》をその身に宿す虹化体たちだ。
今少年の目の前にいるのは、その《大罪虹化体》が一体。
《憤怒》の虹化体である。
憤怒によって動き、自分の怒りを鎮め得る行動ならば何でも行うド畜生だ。
彼ら《大罪虹化体》は、一部を除き食欲をほぼ持たない。よって——少女が殺されたのは、完全なる《憤怒》の気まぐれ、または腹いせに過ぎない。
「ふ ざ け ん な」
少年は憤った。
それはもう——人の身を外れるほどの《憤怒》を、その身に宿した。
少年の心は、体は、黒く染まって行く。
抑えきれない感情が現れるように、体からは闇のような黒が吹き出した。
言わば、《半虹化体》のような存在になってしまったのだ。
「グゲギャア————ッ!!」
それを見た《憤怒》は狂喜した。しかし、襲いかかっては来ない。
この後に及んでも、少年を弄ぶつもりなのだ。
「お前は——依呂葉を殺したお前は、許さない。死んでも、殺す」
少年は少女の体を地面に横たえると、目の前の化け物に向き直った。
そして。
次の瞬間には——
「……な、んだ、これ」
地面に横倒しにされていた。
訳が分からなかった。
分かることといえば、ただでさえ大きかった《憤怒》の体がより大きく感じ、その口から、少年の下半身が垂れ下がっているという事だけだ。
体から吹き出す闇——《|虹素《こうそ》》のおかげか、はたまた限界を超えた体による防衛機構なのか。体の半分を失った少年は、しかしその痛みを全く感じなかった。
ただただ、完全なる敗北、絶望を味わうだけだ。
「……はは、やっぱ、だめか。そりゃそうだ。10年、腐ってたんだから……いきなり《兄》になんて、なれやしない」
「そんなの、分かってたさ……ずっと昔から」
「でも、それでも——俺は、依呂葉を……」
“守りたかった”
誰に聞かれるでもない独り言に、返事が返ってきた。当然辺りに人影はないし、少年はこの声の主を知らない。
だが、既に意識が混濁していた少年は、気にする様子もなく続けた。
「ああ。そうだ。空っぽだった俺に、依呂葉は、希望をくれたんだ」
“なのに、諦めるのですか?”
「しょうが、ないだろ……もう。体が動かねーし、眠いし、疲れた……」
“なんとか出来る方法があると、言ったら?”
急にそんなことを言われて、少年は半ば閉じかけていた目を開けた。
《憤怒》は少年の目の前で、少年が死ぬのを今か今かと待っている。そんな言葉には、さすがに怒りを覚えた。
「ふざけんなよ。この状況から、どうするってんだよ」
“あなたはただ、願えばいいのです”
「何を」
“依呂葉さんを救いたい、と。——さすれば、あの子が現れるでしょう”
訳が分からなかったが、少年の頭のどこかに、引っかかるような言葉だった。
「……お前、どっかで、会ったことあるか……?」
“その話は後です。早くしてください。——あなた、それでも、お兄ちゃんなんでしょう?”
バカバカしい、と少年は思った。
だが、死に際になって、そんなことにでも縋りたいと思ってしまった。
——もし本当に、依呂葉を救うことが出来るのなら、俺は、何だってする。
それ以外の人間なら誰だって殺せる。自分だって死ねる。人間をやめたっていい。世界を敵に回すのも、アリだ。
少年にとって、少女は、妹は……それだけの存在だったのだ。
「……ああ。俺は、依呂葉を救う。絶対に」
次の瞬間、少年の目の前が眩く光った。
思わず目を閉じそうになるが、それ以上の光景を見せつけられて、逆に意識が覚醒する。
「にーたん! まってたよ!」
光の中から、純白の髪を持つ少女が現れたのだ。
髪には赤い——そしてどこかで見たような髪飾りを付け、希望に見開かれる瞳は虹のような色合いをしている。
見たところ10歳がせいぜいというような幼い少女は、その背に光を纏い、さながら女神のようにふわりと着地した。
「な……」
「にーたんは、ねーたんをたすける! わたしは——それを、てつだう」
すると、困惑を極める《憤怒》には見向きもせず、少年に歩み寄っていく。
そのまま白く細い腕で少年の顔を支えると——その唇にかぶりついた。
「……ん、ん!?」
「んー……ぷあっ!」
突然の出来事に固まる少年を他所に、少女は最後まで身勝手に口を離す。唇から垂れる唾液を、幼い見た目に似合わぬ妖艶さで舐め取る。
その虹色の瞳が細められると、少年はどきりとした。
「がんばってね、にーたん。ときのはざまで、みらいを、つかみとって」
何を、と聞き返す間もなく、少年の意識はぐるぐると回っていく。
今・現在・過去——全てがぐちゃぐちゃに入り乱れ、訳が分からなくなる。
視界が滲んで、夜の青黒い空も、《憤怒》の真っ赤な瞳も、少女の純白の髪の毛も、全てが絵筆でかき混ぜたように混じり合う。
やがて地面の感覚すらなくなり、一瞬、ふわりとした浮遊感が少年を包むと——
がちん、と何かが切り替わる音がした。
「なん、なん……だ」
どぷん、と着水したような感覚の後、時計の針のような音が鳴り響き、加速し、やがて耳を埋めつくしていく。
すると、ぐちゃぐちゃだった視界には、少年の過去の記憶が次々と現れ始めた。まるで、時を遡っているとでも言わんばかりである。
だが、その記憶は穴だらけだ。
あるときを境に、ぶつんと黒塗りに変わってしまう。
——ここへ来てようやく、これが走馬灯と言うやつか、と少年は納得することが出来た。
(やっぱ俺、死ぬのか。なんだったんだあの子。——とはいえ、死に際くらい、全部|思い出したかった《・・・・・・・・》な……)
少年は記憶の海に埋没していく。どこまでもどこまでも沈んで行くと思われたが、ある時、急に《何か》によってその体を引き寄せられた。
ぐいんと急上昇する感覚の中、少年は意識を手放す。
——そんな少年を置いて、時計の針は戻り続けた。
2100.8.25——2100.8.24——2100.8.16——……
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