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桑琴丞灯伽話 練習用:美(は)しき硝子人形の涙

スレ主 桂香 投稿日時:

冒頭の出来がすごく不安です。現在添削がすすまず、ほぼ死蔵になっています。
もしお時間がありましたらどなたか厳しくご指摘お願いします。

かつて、とある場所に佞薬とよばれた薬師がいた。
薬のことしか考えていないのか、はたまたとある別のことにばかり媚びるのか。
彼の死後十数年から氷像が毎年立てられるも、本人が望んだ意図とはまったく別のものだった。
やがて、州の長の命令により硝子製になりこの問題に幕は閉じる。
しかし、悲しいかな像の主は「微」有名人のために微妙な扱いに。いちおう論文出してくれる人もいるんだけど、どこかヘン。
そんな彼の生前はどうだっただろうか。実像にせまる。

プロローグ

  面影に 花の姿を 先立てて 幾重越えきぬ 峯の白雪(藤原俊成)

序:
 彼の人物死亡から六十三年後のある時期、允国は記録的な猛暑に見舞われた。熱中症・日射病患者が絶えず、死者は一五二二名。救急搬送者はすでに万を超えていた。平均気温の上昇がここ数年続き、気象の異常と科学の進歩から様々な事象への代替案が出始める。
 例えば。戦後九十年の節目間近の現在、彼の人物こと呂慉は死後十数年から今まで毎年晩秋に氷で象られている。例年、氷は鬲明と呼ばれる地域から切り出され、《《彼》》の没した奄水で彫り上げる伝統芸が成立して久しい。徐々に、そして地域紙で広く知れ渡られてからの勏睛廟での定番でもあった。冷蔵技術が発達した現在は、冷気を中に閉じ込める手法で像を守り、年に一回の製作は、硝子箱の汚れ落としと単なる新旧交換、そして観光収益の意味合いが強くなっていく。ここから少し歩けば、柑木に囲まれた硝子箱の中で完成した《《彼》》が今でも佇んでいる。
 だが、観光客が押し寄せたことに関し、実際の呂慉の功績は小さい。そもそもの原因が、この地が育んだ為政者の勏睛。廟の主である。彼の再評価が大々的に歴史愛好家の間でなされ、墓石を参拝する者があとを絶たなかった。やれ『期魁の梟雄』だの、『彼の子孫は嗜宗百無、嗜味三快』だのと言われ、時代を築いた英傑の仲間入りを果たす。つまり、史跡の雄大さを身に浴び、ついでにおまけのショーも見られるということで、旅行の計画立案が楽なのだ。
 そして今年から事情が変わった。ここ祥洗吩州の長、映啓篩が、像の維持代を惜しみこの伝統の中止を命じた。
 これには意外にも多くの反発があった。が、いざ呂慉について尋ねてみると、勏睛目当てがほとんどで立て札以上のことを答えられる者はあまりいない。彼は一応州内をはじめ、一部の郷史の薬学分野でしか登場することなく安鳩五年に永逝した。一度、偉人と並び娯楽業界に名を貸与したことがあるものの、きちんと知るものはおろか、どの分野の人物かさえ知らない者が実に八割を超えた。
 残りの彼を知る人も、ほとんどが脚色のほうで回答する。
 このような微有名人に対し比較的公平な判断をしている学生の報告文の一部を公開する。

“呂慉。例にもれず民爵は平士より稍高く学顕らかな秀才。呂慉の呼称は医号にあたり、本名は説が複数あるゆえ定まっていない。祁氏第三地継承戦、通称、江北・菜反戦を幼児期に経験した戦後の優秀な薬師のひとりである。また在りし日には、州立の準難関医師養成組織・『攻学医養』で常に好成績を挙げ続け、秀才として箔がつけられている。提出する論文は寡作ながら大変な高評価を得ており、有名どころでは『保肉論』『肌血説解』が挙げられる。〈後略〉
『立史遡来:第〇〇〇二三七三一二〇:詐欺師と言われる顕学らの実像と黎明期・第六部・呂慉(一部抜粋):筆者:桃野子』”

 これほど面白くない評価も珍しくない。ほかに呂慉についてまとめている文書は現存するだけでたった数十点。その中には雑記や手紙と思しきもの、論文、統括企業の事業書などもある。精度の高い資料が少ないわけではない。脚色の多さを是正する目的も相まって桃野子の文書は報告書としては正解だが、全くと言っていいほど彼の選択した情報の一点一点からの考察はなされず、人の像を結ぶことには限界があった。これでは、統計であり到底実像には程遠い。
 とはいえ、情報の取捨選択を誤れば、《《自らが望む》》彼の像を生みだしてしまう。その点に関して桃野子は保守的であった。
 血肉通ったものは、脚色された歴史小説で充分なのだろうか、と人は問う。いや、記録の一つ一つが手掛かりとなり、人物の形を生み出す。
 やがて、また秋を迎えた。呂慉の像は妥協案で硝子製へと変更されることとなり、予定より少し早く氷はキラキラと夕陽の光を浴びる。鼻先から少しずつ溶けてゆく。何も含まれていない汗が躰から滴り、掲げた左腕は徐々に細くなる。
 何時間も外でほほ笑んでいた氷は最期を迎えるはずだった。ほとんど表情が消え、忘れ去られた翌朝。完成済の硝子像がひっそりと箱におさまった。
 その貌はにこやかなものでなく、蛇のように奸智に長けるだろう男のものであった。当然、これを見た映啓篩は激怒。作り直しを命じるも、その設計に携わった両名に反対された。
「調べてみましたところ、彼はこのような方ではございません」
 その一言で、彼らは御用彫刻師を解雇された。しかし、折角の僻地の切り詰めである。映啓篩は呂慉像にこれ以上お金を使う気はなかった。巨大湖に沿ったリゾート建設に忙しく、氖《ネオン》で輝く壮麗な橋を作ることに熱をあげている。
 生前から、人は彼を、『佞薬』(一、薬そのものに媚びる、二、何か、特定の空集合に媚びる薬師)と呼び、彼もまた、甘んじてこれを拝領した。そして、死後は――――。

一:
 さびしい都訛りだった。
「護士試験、通過おめでとうございます。風諒さん」
 どうして知っている? と風諒は目を丸くした。呂慉の、脈に瘤の付いた黄色い手が硬く伸びた。起き上がりたいのだろう。
 幾年も貫かれ続けたはずの腹には水が溜まっており、もう末期なのはわかる。風諒は肩から手を通し、薹の背凭《《もた》》れから引きあげた。
「明日から夏季休業に入るらしい。怜火から手紙が届いた」
 内容を先に言って、呂慉は風諒の怜火前線の警戒をほぐしたつもりだった。が、入れ違いで座った風諒はへたりこむ。
「あいつ、もう少し大人になれよ……ささやかな幸せを壊しやがって。なんで知ってんのかと焦った。ねぇと思うけど、わりぃ、たのむ、今回だけは断りの連絡を入れてくれ」
「なぜおまえが決める必要があるのだ」
「事情、あとで説明しますから」
 もう何年も前の悪夢が、風諒の胸をしめつける。
 特に、悪いことも法を犯すようなこともしてはいない。増長と引けらかしの虫の大群を連れ込んできて、体調が悪化することが心配だった。血が、邸外の小川の流れに従うように頭部をすり抜け、頭から引いていく。
 ここは允国祥洗吩州の郊外。海を背に粗い巌が少しずつ削られる。丘下の河流に垂直に一,二刻ほど畜車を走らせれば、州副都の奄水中央駅がある。そこのすぐ近くの土地は以前、子供や小動物が駆ける原っ葉であったのだが、二十二年ほど前から央大局院の官僚を所縁に持つ摂呮が大手の製薬企業、肚経謹薬を打ち立てた。四千人を擁する本社の蝋燭の灯が消えることは滅多にない。巷では、過労企業の不夜城と陰で囁かれていた。
 顧みてこちらは桑琴丞灯。高い腕を誇り、開業薬師故にそれなりの機動と柔軟さがあるものの、法により開業の中でも第二種(薬僚か大企業いずれも経験十年以下)は公立の薬屋扱いをされない。故に一見職種のわからぬ名をつける。実力は上から下までの差が激しく、実質、医会の誰かの傘下になるか、縁故から莫大な賄賂や援助を期待するしかなかった。呂玄は、私立企業の瓊章と連携、もとい被管理者としての立場を受け入れていた。
「俺、昔のことを思い出しちまったんっすよ」
「言うな。碌なことがない」
「……でも、なんだかんだ言って、楽しかったじゃないっすか。怜火が来てから。じゃ、俺ももう寝ます。よく休んでくだせぇ」
 風諒は呂慉を軽く引き寄せ、ゆっくり片頬同士をすり当てた。
「俺、呂慉さんに死んでほしくない」
 一瞬の戸惑いの顔を風諒は視認しなかった。もう一度、床に押し込む。
「二旬後に挙式を挙げる丈夫が何をいう。葩美さんと、幸せになりなさい」
 風諒は何も反論しなかった。少しの手荒さに、良心の呵責さえ感じた。
…………………………
 人の影と頬への温もりが消えた後、小さく明かりをつけ、体調の悪化も顧みず執筆を始めた呂慉は、ふとその時の事を思い出した。何日、何旬、何年と経て、様々な変化あれども、桑琴の水の流れだけは変わらなかった。
 念のため寝付いたか確認する風諒は、あ、と声を挙げ終わらない寝かしつけに力が抜けた。
「おねがいです、さすがにもうやめてくだせぇ。あんたを止めるのに俺が寝不足になりますから」
 狭く薄い肩から、細腕。広い前額に玉膚。小さな光から陰影を生み出し、彼の顔に影を作る。今年で四十二になり、蟀谷は凹み、実年齢より渋い空気を放つものの貌は薄く整い、淡い虹彩から光をいだす。而して品の漂う雰囲気は蛇を思わせる。古来より蛇が医薬の使者であることと相関性があるのか、傍また才智のお陰か、不思議なところで説得力があった。
 だが風諒はその容姿を見慣れており、なんてことなかった。どちらかが根負けするまで寝かせるためにここ数か月戦い続けていたこともあり、気品や威厳というものをほとんど感じていない。
 風葱は呂玄の浮腫んだ足を支え、扶け起こすと上躰を水巾で拭い、二度寝を始めた。酒に侵される肝を抱えながら、呂玄は怜火を拾った時からのことを思い返した。なぜか、酒が進む気がする。四十代にして肝硬変で寿命を迎えるのも、時間の問題だった。
 思えば、自分と風諒が隣同士で寝るのはとても久しぶりだった。十年近く前の騒動から、しばらく床を共にしていたのだが、そのようなことはもうないと思っていた。
「あいつの良いところ、何かあったか?」
「さあな」
 玄関前の呼び鈴が鳴った。それがこの部屋に届くよう、数年前に改築していた。
 風諒が応対した。
「おひさー」
 これが実年齢二十五の態度か。
「なぁ怜火、夜食と宿は貸してやる。手紙は読んだのか?」
 風諒が止めようとする前に、蕨式の口がすべる。
 その中のある語句を聞いた時、風諒は平手をかました。
「おい、絶対にこれは呂慉さんに言うな」
「さすがに……わかってるんだけど、その」
「部屋を貸しちゃるから、今夜はそこに泊まれ。明日の朝好きなだけ話せ」
「殴って止めるの癖になってません?」

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