永久樹の魔女の第2話 全4話で完結
永久樹の魔女 2 白骨の下僕
作者 moba 得点 : 0 投稿日時:
ハロー・ワールドッッ!!!!
風呂場で死んだと思ったら、草原で日向ぼっこをしながら
河の流れる音を聴いていた。
何を言っているのか(ry
何か大切なことを忘れている気がするが、
忘れているのならばもはや自分のことではない。
煩わしいので、忘れよう。
そんなことよりも、俺の体のことの方が重要だ。
湖面に映る姿は、一つの剛体とみなされた骨の集まりだった。
なるほど、夢か。
ならば、
「証明しよう! 骨の密度は水よりも
小さいのだということを!!!!」
ダイヴだ。
全身、もとい全骨をしなったアクロバットが、
予想よりも上手く俺の体を運ぶ。
指骨。末節骨。手根骨。ギョーコツ、尺骨。
入水する。
そのスローモーションの中で、
川の底に誘われるような
強烈な衝動が魂を喰らった。
頭蓋骨。頭頂骨と同時に、鼻骨。
蝶形骨。側頭骨。上顎骨、下顎骨、そして頸骨。
脳みそにヨウ素液を注ぎ込んだかのように
気持ちが良い。
『ううおおおおおおおおおおおおおお!!!!』
水中で、その声の響きが全身=全骨を震わせた。
保存されたモーメントが腰を押し出し、
俺は水中で滑らかに5/4回自転する。
天を見上げる仰向けの姿勢で、
俺は水面に浮上した。
◇ ◇ ◇
二か月が経った。
実は俺は、一日目から、
これが通常の夢ではないことに気付いていた。
だから俺は、自分をだまし続けていたんだ。
骸骨の体は都合が良い。衣食住に困らないという時点で、
人生(?)がヌルゲーと化していた。
しかし、ここにはサブカルが無かった。
自分の楽しみは自分で作り出すしかないのだ。
まず俺は、河をくだりながら、連日野営ごっこをした。
馬鹿げているだろう?
だが、自分で火を起こせたときは、たまらなく嬉しかったぜ。
次に俺は、倒立を試みた。
馬鹿げているだろう?
だが、一日中倒立できたときは、最高にうれしかったぜ。
そうして俺は、一人芝居を続けて川を降った。
だがな、もう二か月だ。この河は、どれだけ長い。
倦怠感。それに、サブカルも無しにつまらない自分を誤魔化すのは限界だった。
てか、誰に向かって話しかけているんだ、俺はよ。
断言するが、ボノボの方が俺よりも幸せだぜ。
畜生。
俺は尾てい骨をさすった。
……もうダメだ。
いつになったら、この地獄が終わるんだ。
たぶんこの状況で嬉々として何かを作ったり、
丁寧な観察で無数の発見をするのが、リア充なんだぜ……。
……ああ。
ああ。つれえ。
つれえなあ。
つれえけど、自分でも自分に共感できない。
もっとしっかり生きろよ、俺。転生とか、これ以上ないほど恵まれてるだろ。
あああ。
ハロー・ワールド。
シャット・ミー・ダウン……
◇ ◇ ◇
河の前に、竈があった。掘られた地面に一部が埋まった、石積みの竈だ。
脇に木の山が3つもあり、月明かりに照らされて、竈の火が燃え続けている。
竈の正面――川と反対方向に、十字の形の巨大な木の枝が刺さっている。その先端に、骸骨が顎骨を通していた。まるで何かの罪で裁かれた、というよりも魚の串刺しのように。
俺の作った、馬鹿げたセットだ。
「ミステリィね」
ううおわわっわわわあわわあああ!!
……マジビビった。人が来ていた。嘘だろ。人と会うとか、何か月ぶりだよ。
見れば、呟いたのは闇だった。影よりも遥かに濃いそれは、闇と言う他無い。
……は? 闇が喋った??
いいや、違った。その下に美少女がいる。
ぬいぐるみかよ。
「確かに、何があったのか理解しがたい」
黒い女に応えたのは、彩度の高い緑が目立つ美少女だった。宝石に喩えるのはナンセンスだ。飛び切りの美少女を想像して、その倍の美しさを持たせればこうなる。つまり、俺の想像を超えていた。やばいな。
動くと驚かせてしまうだろうから、俺は話しかけるタイミングを見計らっていた。
「その骸骨を設置した者、そう遠くない前に火を起こした者がいるのは確かだ。だが私は、その気配を感知できない」
この人、ちょっと中二病が入っているみたいだ。
「それに、気に食わないな。コクヨ―、何者かが私たちを見ている」
コクヨ―て、文具店みたいな名前だ。
見られてるって、中二病かよ。
「それって、幽霊じゃないの?」
「違うな。もっと生々しい気配を感じるよ」
「ふうん……」
コクヨ―と呼ばれたぬいぐるみが呟くと、黒い霧が朦々と立ち込めた。
は?
霧は急速に俺に近づき、凝結した。まるでヨウ素デンプン反応的な、命を感じて変化する的な。
気づけば俺は巨大な闇の手に掴まれていた。
「くおっ……!!」
「お前ね」
ヤバい。意味が分からないけれど、ヤバい。
こっちの世界に来てから、こんなに苦しいのは初めてだった。
命に直接やすりをあてられるような、超常の感覚に死を意識した。
やばいやばいやばいやばい。
「だ、黙っててすみませんでしたー!! でも、俺だって遊んでただけだから! 謎のガイコツごっこをやってただけだからー!!!」
「死刑ね」
「もう死んでるー! 死んでますからー!!」
「コクヨ―、離すんだ」
中二女の言葉で、ヤバい女が闇の手を緩めた。巨大なそれは、霧のように拡散していく。
「気づいたらここに居て、なんか骨になってて、ずーーーーっと河を降りていたんです! 俺はただの憐れな生き物ですよー!!!!」
「その発言を信じるなら、君はこの騙し絵のような魔法に引っかかっていたようだね」
騙し絵……?
重力で落ちる川の水が、同じ部分に回ってくる絵を想起した。
「どうでもいいわ。それよりも、魔物が知恵を持つだなんて、聞いたことがない。お前、私の下僕になりなさい」
ヤバい女が言うので、俺は平伏して命乞いをした。
「イエス、マム」
こうして、魔女の旅に骸骨の下僕が加わった。
……下僕かよ。
まあ、普通の人と接するよりは、骸骨としてはずっと気が楽だろう。
それにヤバい女も俺の想像を超える美少女だった。
ちょっと楽しくなるんじゃないかと期待した。
何せ、他人に会うのは本当に久しぶりだったから。
俺は表情筋が歪むのを幻覚した。