深緑の第4話 全4話で完結
最終話・深緑の第4話・A
作者 あおい 得点 : 0 投稿日時:
帰る? 紫鏡が?
いなくなってしまう? 紫鏡が?
一緒に行こう。手を伸ばして来たのは文月と離れたく無いからだろう。
それは、文月だって同じだ。紫鏡と一緒にいたい。
そっと手を差し出すものの、家族の姿が脳裏を過り優しい手を握れない。
瞳をきつく閉じて顔を振る。
「文月」
悲しみに満ちた声を聞きたく無かった。
ただ謝る事しか出来ない自分が憎い。
「ごめん、ごめんな」
項垂れて涙を流す。
そんな様子を見つめて紫鏡が声を上げる。
「じゃ、わたし結婚しない」
「……?」
この場に似つかわしく無い単語が聞こえた。
恐る恐る顔を上げる文月を、柔らかい笑顔が見守っていた。
恥ずかしそうに。でも、力強く。
「わかってたでしょ。私の気持ち」
「紫鏡」
名前を呼ぶ事しかできない。
すうっと背を向けると「ばいばい」と別れの挨拶をされる。
文月は身体が冷えて行く様な感覚がした。
結婚しない、つもりなのか。
——俺のことが好きだから。
その告白を白くなりそうな頭で、何度も噛み締める。
女としての幸せを捨てるというのか。
——そんなの。
「……認めない、からな」
「え?」
驚いたのか、紫鏡は振り返った。
文月はいつになく真剣な顔つきで伝えた。
好きな女の子の幸せを願って。
「お前を愛してくれる人と一緒になって、幸せになるんだ」
声は震えている。同時に紫鏡の身体も震えていた。
自分の身体も何か得体の知れない感情に支配されて、震え出す。
無意識に身体が前へと。彼女へと進んで行く。
そっと、その華奢な身体を抱きしめると、懐かしいような香りが鼻腔をついた。
——ああ、お別れなんだ。
何故かそう実感する。
紫鏡の頬を両手で包んで瞳を見つめる。
「出会えて、よかった」
「……文月」
今にも大泣きしそうな紫鏡に、愛らしい少女に精一杯笑いかける。
そして、少女も泣きそうな顔を無理矢理笑顔にさせた。
きっとまた会える。歳とったお前も見てみたい。
とは言えなかった。
そんな夢の様な出来事からどれくらい経っただろう。
文月は確かに紫鏡の事を覚えていた。
だが、彼女を保護していた両親は彼女の事を覚えていなかった。
もしかしたら、自分が紫鏡を覚えているのはまずいのでは。
と不安になった。
——忘れたいような、でも覚えていたい様な。
この田舎町にも冬が訪れた。
すでに雪が降り出しており、今年も積もりそうだなあと灰色の空を見上げた。
あの時の、駅にやって来ていた。
なんとなく。思い出に浸りたいのだろうか。
——誰もあいつの事を覚えていないから、誰とも語れない。
あいつはこんな寂しい景色が似合う奴じゃないのだ。
「こんにちはあ」
ぼんやりしていたら、挨拶された事に気づくのが後れた。
文月は声のした方へ振り向く。
そこにはポニーテールの少女が手を振って立っていた。
「は、え?」
「あ、あの。さっきこの町にきたばかりで。観光みたいなものなのですが、人を捜してまして」
「はい?」
挙動不信な文月を、少女は可笑しそうに微笑んで、誰を捜しているのかその名前を口にする。
「××文月さんという方で。母からこの人を捜して欲しいって言われまして」
文月は目をまんまるにしてそっと挙手した。
「俺です」
「はい?」
「俺が、文月です」
「あ! そうなんですか! わたしは——」
幻の少女にそっくりな彼女が、嬉しそうに手を握りしめて来る。
彼女からはあの懐かしい香りがした。