灰空ときどき死神〜ぼくが生きた7日間〜の第4話 全4話で完結
最終話・灰空ときどき死神〜ぼくが生きた7日間〜の第4話
作者 ショウリ 得点 : 0 投稿日時:
「どうだった? あの人、死ぬような病気じゃなかった?」
「病気で死ぬようなことはないよ。ただの盲腸だから」
翌日、同じ場所で会ったヒトミは開口一番そう聞いてきた。こんなにも信用されたのは初めてだと思いつつ、僕は先生に聞いた通りに答える。
嘘は言っていない。彼は、少なくとも病気で死ぬはずはない。
「よかったー難病でヨメイイクバク?もないなんてことなくて……」
「そうだね。それで」
「でも本当に大丈夫? 盲腸でも死んじゃったりすることってないの?」
彼の名前も含めてプライバシーを侵害しない範囲のことは先生から聞いてきたのだけど、それを言う前にヒトミからの質問が続いた。
「ないない」
「でもほら、カンセンショー? とかサンジョクネツ? とか」
「盲腸で産褥熱になったらそれはそれで貴重な体験かもね……」
年相応に繊細ながらも細かいことは気にしない子かと思ったが、ずいぶんと心配性
だ。表情もどこか真に迫ってきている。
「あとほら、手術ミスとか!」
「大きな声でそんなこと言っちゃダメだよ。盲腸なんて学生でもできる手術なんだなら失敗する人なんてまずいないって」
まずいない。
全く居ないわけでは、かなり具体的な意味でないのだけれど。
「そっか……」
「安心できた?」
「うん、ありがと。でも一日で分かっちゃうなんて、サダメさんってやっぱエスパーなんじゃない?」
「……はは、どうだろうね」
昨日今日と晴れ模様の空を見上げる。ずっと灰色だったそれが、ほのかに青く色づいて見えた。
「なんのために生きるのか、か」
「何それ? アンパンのアニメの歌?」
「懐かしいね」
僕の命はあとわずか。そんな今になって、生きる目的が出来た。きっと誰からも感謝されない、嗤われるか、なりゆき次第では気が狂ったと思われるかもしれない。
それでもこの命、この子の青春を彩るために使おうと思う。
「さてと、もうすぐ彼が通る時間だろうから僕は抜けるよ」
「え、もうそんな時間……」
「がんばってね」
投げやりともとられそうな言葉を残してベンチを立つ。時間はあまりない以上、行動は早い方がいい。
あの藪医師が彼を手術するのを食い止めなくては、彼の命は間もなく潰えるのだから。
でも、僕は忘れていた。かつて死を回避させようとしたことがあっても、その尽くが失敗に終わっていたことに。
あるいは、単に思い込みたかったのだろうか。成長した今なら、自分の死が迫った今なら、神だって少しはサービスしてくれるに違いない、と。
「なんでだよ……」
手術のシフトを替えさせるくらい、どうにかなると思っていた。だけどなぜかできない。前にずらせば割り込まれ、後ろにずらせば何かが抜け、まるで運命の強制力でも働いているかのように何も変わらない。
「サダメさん?」
「……ああいや、ごめんぼーっとして」
たびたび会うヒトミの笑顔を見ることも、苦しいと感じるようになってしまった。
「それでなんの話だっけ、ヒトミちゃんの担当看護師が……」
「ううん、それはもういいや」
「ご、ごめん」
「いいの。それでね、サダメさん」
「うん?」
「本当に、ありがとう」
「……ああ、いや。僕こそ相手してもらっちゃって」
彼女のために奔走したことを知られたのかと思って焦ったが、そんなことはないようだ。それでも改まってお礼を言われるとなんだか苦しい。
「じゃ、私もう行くね」
「うん、またね」
またがあるかも分からない時期にきていたけれど、僕はそう言って別れた。
その夜。
ヒトミが、人を刺した。被害者は、例の医師だった。
『私、人の嘘が見えるんです』
ヒトミの手紙を看護師さんから手渡された時、余命など分単位でしか残っていない僕に読まないという選択肢はなかった。
『嘘をついてない人は、金色にふわふわって。だからサダメさんが嘘を言っていることも、彼のために動いてくれたことも、ほんとは知ってました』
僕の余命、あと数秒。
『だから、さようなら。たぶん私は天国にはいけないから、永遠に』
僕の余命、あと……