灰空ときどき死神〜ぼくが生きた7日間〜の第3話 全4話で完結
灰空ときどき死神〜ぼくが生きた7日間〜の第3話
作者 mee(雨霧) 得点 : 0 投稿日時:
「命のことなら、分かる、と思う」
命、あるいは死期のこと。寿命のこと。
そのことに限っていえば、僕はどんな医者にも研究者にも負けない。
「ほっ、ほんとに? あっ、ココアありがとう」
「うん。分かると思う……なにを知りたいの?」
「運命」
「うん?」
呼ばれたと思って返事をすると、あわてたようにヒトミは両手をぶんぶんと振った。
「あっ、違う違う! エスパーさんのことじゃなくてね。とある人の、運命を知りたいの」
「ああ、そういうことね。で、運命って?」
「死期のこと」
「……それなら、簡単だ」
死期なら。いつ死ぬのか、そういうことなら。
”エスパー”するまでもなく、僕はいつでも見えている。
ただ。
「死期なんて、伝えたっていいことないよ。長く生きられます、ならいいけどさ」
「そう? 近く死ぬかもしれないなら、教えてほしいって、そう思わない?」
「それは元気な人の思想だ。いざ自分が『死ぬ』なんて言われたら――それはただ、死神に出会った時みたいに、気持ち悪いだけさ」
「もーっ、やったこともないのに、そんなこと言わないでよね!」
やったことあるよ。
と大人気もなく言いそうになったけれど、僕は溜息一つで抑えた。
「じゃあ、わたしの死期は分かる?」
ヒトミの不安げな表情が僕を覗き込んだ。
けれどその顔の周りには、真白な髪の毛が揺れるだけで、黒いモヤは一点もない。
なんて答えやすい問題だろう。
「本当に簡単。君は死なない。死ぬ気配も全くない。ここにいるってことは、いまは病気かもしれないけど、まったく命に別状はない」
「……ほんとうに?」
「本当。絶対に」
「でも私、黄金の光がなくなっちゃったの」
「黄金の光?」
僕は眉をひそめて彼女を見た。彼女は、あっ、と口元をおさえる。
「……なんでもないんだけど……」
ヒトミの髪の毛は、上から下まで真っ白だった。
しかし瞳の色は赤くないので、アルビノというやつではない……と思う。
当然カツラにも見えないし、この年でこの色に染めているということもないだろう。
「ほら、死なないって言われるのは嬉しいだろ」
「そりゃ、死ぬって言われるよりはね。でも、死ぬって言われたらそれはそれで、やりたいことってあるじゃない?」
「僕はない」
「嘘」
「君は何かある?」
「やっぱり、幸せになりたいかな! 逆にね、幸せでいられるのなら死ぬのなんて怖くないし、幸せでいられないのなら死ななくても怖いと思う」
「――なるほど」
彼女の言葉はいまの僕の感情に分かりやすく響いた。
たしかに――僕はそもそも幸せでいられないのだから――死ぬのなんて――・
「幸せね」
「……エスパーさん?」
「幸せになりたかったな」
「いま、そうじゃないみたいな言い方だね」
「その通りなんだ」
「うーん……あのね。絶対にね、そんなことないよ。ひょっとしたら今のこの一瞬はそうじゃないかもしれないけど、少なくともこれから先一週間は、幸せだと思う」
これから先一週間?
「あっ、一週間先以上は保証しないんだけど」
――しかし、僕にはそこから先がない。
「……」
「あのね、これは分かるの。本当のことなの。私を信じてくれる?」
「分かるって?」
――あなたは絶対に幸せになれるってこと。
「……そう、ありがとう」
どうしてか、ヒトミのその言葉を、ただの気休めだけの言葉とは受け取れなかった。
力のある言葉だと思った。
「――じゃ、本番ね」
「本番って?」
「本当に診て欲しい人がいるの。ついてきて」
そう言って、ヒトミはふわりと立ち上がりまっすぐに進んでいく。
まったく勝手なことだ、と呟いて僕もその後を追う。
一般の病棟に入るのは、実に十年ぶりだった。
*
ひそひそとかけられる声。不気味がるような声。驚くようなナースの表情。
あまり気分のいいものではなかったけれど、ヒトミがときたま僕に声をかけながら進んでいってくれるので、あまり嫌な気持ちもしなかった。
そして、一つの病室に辿り着く。
――似鳥 愛――
個室らしい。
ドアをあけ、ヒトミが入っていく。
同じようについていこうとして、僕はちらりと見えた病室のなかの光景に、思わず目を見開いた。
「――えっと」
「ごめんね、驚いたでしょう?」
「あら、次はどんなお医者さんを連れてきたの?」
「ううん、今回はお医者さんじゃなくて――えすぱーさんなの! 運命が見えるんだって」
そこには、ヒトミと全く同じ顔をした少女が座っていた。
「……えっと」
少女は、ヒトミと同じ顔をしていながらも、それでも大人しそうな顔ダチだった。
「あら。青い帯が見えるわ」
「青い帯?」
「そう。あなたお父さん似でしょう」
「…………そうです」
僕は不思議な気持ちになる。
人の周囲に、他の人には見えないものが見える。
それは――。
「――あのね、私を診てほしいの」
そういわれるだろう、と僕は分かっていた。
彼女の周囲には、今にも彼女を取って食らいそうなほどの、巨大な霧が蛇のようにとぐろまいていた。
「あなたの帯が紫色になったわ。すっごく不安そう。ということは」
彼女はそこで一拍置いた。
「やっぱり私は死ぬのね」