幻燈街の飴売りの第3話 全6話で完結
幻燈街の飴売りの第3話
作者 錆 得点 : 2 投稿日時:
廃棄物よりもチョッと上等といえる朝食を済ませ、今日も代わり映えのないチラシ配りが始まる。チラシの中の瀟洒に着飾った父の姿も普段と変わらない。通りすがる人々の忌避するような視線も、ジクジクと幻痛のするこの傷痕も。
あァ、ひとつだけ。ひとつだけ、いつもと違う。あの男の眼睛が今も此方を覗いているような気がしてならないの。果てのなく暗い視線が具象化し鎖となって心臓を縛りつけているような感覚がするの。肌が粟立つ感覚が気持ち悪いわ。胴体から鎖を生やした不細工な操り人形になった自身を想像すると少し、笑えてくると思わない?そして、観客は私を指差しながら嗤うのよ。「なんテ醜い人形だ。あれでは廃棄物の方が上等に思えるよ」ってね?
観客の紳士が嗤う。仄暗い視線を此方に突き刺してくる。私は人形。赤い血が流れることはないわ。鎖にザリザリと擦れながら視線が、闇が溶け込むように、体に沈みこんでいくの。紳士は嗤う。セルロイドの皮膚を突き進み闇が流れ込んでくる。伽藍堂の中身が満たされていく。けれど、鎖の結合部から闇が溢れ出してしまうわ。まるでこれこそが私の血液であるといわんばかりに。それを見て、紳士は嗤う。
あァ。可笑しいわ。昨日までチラシを配ることに必死だったのに、そのことをすっかり忘れてしまうなんて。現実に引き戻されたら、不細工な人形は薄汚れた少女に元通り。
さァ、チラシと飴を配りましょ。気取った眼をした奥さんに。淀んだ眼をした商人に。飴はいかが?チラシはいかが?
誰も見向きもしてくれないわ。唯一此方を覗くのは長く伸びた影法師。
あァこんなに残ってしまっているわ。これでは、あの濁った油のような双眸をした劇団の支配人にまた怒られてしまうわ。どうしたものかしら?
こんな時でも規則的に並ぶ街灯は街を照らし続けているのね。闇を掃いて裏通りに棄てさったような明るさが、眼に眩むようだわ。私に居場所はないというのね。裏通りこそが私が居るべきトコロなの。街を照らす幻燈から眼を反らして、あの男の視線のように暗い裏通りを進む。
いっそ操り人形にでもなれたのなら気が楽になるのかしらね?