終末少年ジャンプの第2話 全6話で完結
第二話 一生のお願い
作者 かもく 得点 : 1 投稿日時:
事の始まりは先週の金曜日のことだ。いや、正確に言うと何年も前から予測されていたことだったのかもしれない。
SNS上のとあるアカウントがこうつぶやいた。
『来週の土曜日に人類は滅亡する』
アメリカの宇宙開発機構のアカウントだった。
そして各国の主要報道機関が次々とその事実を報道した。どうやら宇宙開発機構と有名な科学者たちが、とある天体が他の惑星の影響により軌道が変わり、地球に衝突。その結果、人類は滅亡すると言う。
にわかに信じがたい話であるが、各メディアの情報を見るに、本当にこの世界は終末を迎えるらしい。
もちろん世界が終わることに恐怖や後悔といったものを持ち合わせてはいるのだが、周りの人ほど大きいものでもなかった。どうせ死ぬなら即死がいいなーとか、やり残したゲームがあるとか、そのくらいだ。
「世界が終わりを迎えるというのに、こうして律儀に登校してくるなんて、君は変わり者だな」
先輩は再び週刊誌に目を落とすと、俺にそんなことを言った。
「その言葉、そっくりそのまま返しますよ」
俺も漫画の続きを読み進めながら答える。
今この校舎にどれくらいの人がいるのだろう。おそらく容易に数えることができるくらいの人数しかいない。この状況下において未だに学校に来ている人は総じて変わり者と言えよう。中でも先輩は特にそうだ。
「君は教室に戻らなくてもいいのか?」
「教室には誰も居ませんし。そもそもこの時間に授業を行うはずの先生が学校に来ていないんですよ」
だからこうして、普段は授業中であるこの時間に部室で漫画を読んでいるわけだ。
「世の子供たちに教養や道徳を説く立場であるはずの教師が職務放棄とは……。人というのは往々にして矮小な生き物だという事の表れかな」
何か哲学的なことを言っている先輩だが、ページを捲る音の間隔は一定のままだ。常日頃、小難しいことを考えている表れかな。
「でも愛すべき家族のための職務放棄だとしたら、それは感懐を覚える話になりませんか?」
「仮定でしかない美談を持ち出すのはナンセンスだ。それにたとえそうであったとしても、我々生徒に何も連絡がない時点で私の教師に対する蔑視が覆ることはない」
相変わらずの上から目線だ。
「たしかにそうですね」
しかし先輩の言っていることは正しい。その上から物を言う様相は決して分不相応というわけではない。だから認めざるを得なかった。
「しかし君はあれだな。もう世界は終わるというのに、私と二人きりのこの部室で、漫画に読みふけっている。君は不良などではなく意外と紳士だったりするのか? いや、ただの照れ屋? それとも臆病?」
憐憫の色を帯びた瞳が俺を見据える。
「はぁ……?」
先輩は急に俺のパーソナルな部分を言及してくるが、どれも思い当たる節がないので、俺の反応は首を傾げるに留まった。漫画を読んでいるというのは先輩にも当てはまるんじゃないのか。
「まったく……」
嘆息する先輩は読んでいた週刊誌のページを右手の親指でパラパラと捲る。巻き戻るページによって巻き起された風が、先輩の知性を感じさせる黒く艶やかな髪を揺らす。
「君も、これを読んだ方がいい」
開いて見せてきたページは、先ほど物語の結末を聞いてきたラブコメ作品の扉絵だった。
「だからラブコメは好きじゃないんですよ」
先輩はやれやれといった様子で俺を一瞥すると、華奢な手で持つ創作の世界へと意識を移していった。
先輩の考えがわからないことなんていつものことだ。今回のこれもさほど気にすることなく、読み終えた本とその続刊を取り替え、文字の羅列と男くさい絵柄を追うことにした。
それからどれくらい経っただろうか。風が窓を打ち鳴らしている音に現実へと引き戻された俺は、窓から見える空を見上げた。灰色に塗りつぶされていく空が時間の経過を教えてくれる。
ふと、先輩もまだ本を読んでいるのだろうかと気になり、右に向けていた顔を左前に座っている先輩の方へと向けた。
視線の交錯に不意を食らう。
俺の動きを視界の端で捉え、たまたま顔を向けた……というわけでもなさそうだ。先輩が読んでいた週刊誌は閉じて置かれ、机に体重を預けている格好を見れば多少の想像はつく。
言葉を詰まらせる俺だったが、先に口を開いたのは先輩だった。
「君にやってもらいたいことがある」
「いやです」
反射的に断ってしまったが、再考を重ねたところで答えは変わらない。先輩の言い出すことなんてどうせロクなことじゃない。
「じゃあこうしよう……先輩命令だ」
「余計聞きたくないですよ」
命令だと言われて「はい、わかりました」というわけにはいかない。不良だと認知されている俺が、やすやすと誰かの命令を聞き入れていては、一般生徒と比べて格好悪さが五割増しだ。まあ、ここでは衆目というものは存在しないので己の矜持に従い断らさせていただこう。
先輩命令をキッパリと断られ、どうしたものかと思案していた先輩だが、何か閃いた様子を見せると、左手を顎の方へと持っていき上目遣いに俺の方を見る。……何ともわざとらしい仕草だ。
「一生のお願いだ……」
「それずるいっすよ」
今まで聞いた中で一番軽い『一生のお願い』だ。
重さにして数日。時間経済的に考えても、今では世の中の人々皆平等であるため無価値である。
でも命令よりはマシか。形式的にだけでも女の子に一生のお願いなんてされたら聞いてやらないこともない。
不良が女の子のお願いを聞くという構図は、誰かの中で物語へと昇華されたりしないかな。
「それで、お願いって何なんですか」
不本意ながら、というのをひた隠しにするでもなく、むしろ全面的に醸し出しながら先輩のお願いを聞き入れることを示す。
その時の先輩の、憂いを含むような物悲しい表情を、俺は残り少ない一生の中で忘れることはないだろう。
「私の物語に、色をつけてくれないか」
重く、暗いモノクロの世界へと成り果てたこの世界の中で、先輩は色を欲しがった。