あなたの、本当に、欲しいもの。の第3話 全5話で完結
あなたの、本当に、欲しいもの。の第3話
作者 黒やなぎ 得点 : 2 投稿日時:
「僕の名前はヤマダ タロウ・・・です・・・」
「何それ平凡な名前ね」
名前にコンプレックスを持つヤマダに対して、目の前の”幼馴染”からの容赦ない一言に、思わず俯き、乾いた笑いが漏れてしまう。
でもーーーーー嫌いじゃないわ
予想外の言葉に俯いていたヤマダは驚き顔を上げると照れ臭そうに頬を掻くイスチヨと目が合う
「何よ」
「あ、えと・・・、ありがと?」
ぶっきらぼうに答えるイスチヨに、何故だかヤマダも照れ臭くなる。
「さ、残された時間は”短い”んだから、ちゃっちゃと動くの!ほら!」
「ちょっ、ちょっと!?短いって何ッ!?」
突然手を引かれ、森の中へ連れられたヤマダは思わずもつれそうになった。
自らの手を引き天真爛漫に駆けるイスチヨに目をやれば、滑らかな布は翻り健康的な足をチラチラと覗かせ、目のやり場に困ったヤマダは空を見上げる。
深い森の中、空には満点の星空が広がり、大きな月から降り注ぐ柔らかな明かりが、2人の行く道を照らしていた。
「ちょっ・・・何っ、する、んです、かっ!?」
やがてズンズン進む少女の行く先が心配になり、ヤマダは乱れる呼吸をそのままに、焦って声をかける。
「何って、デートに決まってるでしょ!」
楽しそうに笑みを浮かべ、はしゃぐイスチヨに、この女神は単純に楽しんでるのではないか、と頭が痛くなる。
こんな乱暴なデートがあるだろうか
まだ人生経験も浅く、女の子の友達も居ないヤマダにとって”恋”とは、小説にあるような甘酸っぱい恋をどこか期待していたのだ。
これでは浪漫の欠片もない。
「だから待ってって!」
ヤマダは我慢できず、引かれる手を振りほどくと、2人の間には距離が生まれた。
「何よっ!デートしてるんだから大人しくついて来なさいよ!」
先ほどの笑顔から一転、すぐに細い眉が吊り上げられヤマダに怒った声が届く。
「こ・・・これが、デートだって!?冗談じゃないよ!デートっていうのはもっと、こう・・・」
ヤマダはしどろもどろに、自らが思い描く”恋”について語る。
「・・・で、2人で・・その、手を繋いだり、一緒に・・・そう、肩を並べて歩きたいんだ」
「何よ、ツンデレ美少女の幼馴染を選択しておいて、一丁前に”恋”を語るなんて偉そうにじゃない?」
鼻先を向け挑発的な視線を向けるイスチヨに、ヤマダは考える。
イスチヨは恋の女神を名乗ったが、恋を司るとは、惚れさせる為の経験や知識を持ってる、とは違うのではないだろうか。
まさか・・・、イスチヨも恋をした事がないんじゃ・・・そう考えると無性に愛おしく・・・
「ちょっと!余計な事を考えてないでしょうね!?」
「考えてません!」
「敬語禁止ッ!!」
「考えてないよ!?」
飛んできた言葉にドキリ
相手は何と言っても女神様なのだ、もしかしたら頭の中を読む事もできてしまうかもしれない。
頭を振り急いで浮かぶ疑念を消し去ると急いでイスチヨの横に並び立つ。
「じゃ、デートの続きをしましょ」
「えっと・・・?」
さも当たり前かのように、はいっと、細い指先がヤマダに向けられ、当の本人は困り顔を浮かべる。
「まずは手を繋いで、肩を並べてイチャイチャするのがヤマダ流なんでしょ?」
意地悪く含みを持たせたイスチヨの蒼い瞳が、ヤマダを覗き込む。
そこには情けない顔をした自分がきっと映っているのだろう、何だか無性に悔しくなった。
相手は女神様なのだ、普通の”女の子”の様に接して、一人でドギマギする自分は一体なんだ。
やれやれ、とヤマダは深くため息を吐き、気持ちを切り替えると、自らに向けられた白く細い指先に掌を返し軽く添える。
「デートと言えば、何かをする為に何処へ行くって計画が必要なんです」
「ふーん、面倒ね」
包み隠さず、心底面倒臭そうにするイスチヨに思わず頬が緩む。
「だから、まずは、何処に行くか決めようよ」
「そ、なら丁度良い場所があるのよ、私しか知らないとっておきの場所!」
隣で嬉しそうに語る幼馴染横顔から目が離せない。
”森に住まう幼馴染”のとっておきなのだ、きっとそれは本当にヤマダの見たことの無い場所なのかもしれない。
ヤマダは期待にはやる気持を抑えると、2人は肩を並べ、ゆったりとした歩調で森の中を進み”デート”の続きを再開するのであった。