「青葦の立つ中庸のホニャラララ」の批評
回答者 そうり
田沢正樹さま
こんにちわ。コメント読ませて頂きました。そうですか、、、、。語順を変えてみました。「中庸に立ちたる葦を抜ける風」句意に沿いますかどうか、、、。
*「釣り堀の句、御読みいただきありがとうございます。実体験で、場所は市ヶ谷、街宣車は防衛相前でシュプル右翼です。
点数: 0
添削のお礼として、そうりさんの俳句の感想を書いてください >>
作者 根津C太 投稿日
回答者 そうり
田沢正樹さま
こんにちわ。コメント読ませて頂きました。そうですか、、、、。語順を変えてみました。「中庸に立ちたる葦を抜ける風」句意に沿いますかどうか、、、。
*「釣り堀の句、御読みいただきありがとうございます。実体験で、場所は市ヶ谷、街宣車は防衛相前でシュプル右翼です。
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ホニャラララに入るのは次の二つのうちのどちらか悩んでいる。
1、谷の底
2、頂(いただき)に
私は高校の頃に、どちらかに偏ることの無いように生きることに決めた。
いつも中庸でいるように心がけている。
しかし、なぜかよく「極端だ」と言われてしまう。
中心にいようとしているのに何故だ。
そこで、ある仮説を立てた。
中庸とは、
右と左を繋ぐ平面上の線の中心に居るのではなく、
中心を境に折られた紙の中心にいる事ではないか?
確かに右と左の中間にいるのだが、全体を俯瞰してみるとたしかに極端なところにいるように見える。
こうすると辻褄が合いそうだ。