「恋やぶれ瞼にしみる霜夜かな」の批評
回答者 ハオニー
はじめまして
恋句はとっても好きなハオニーです
まずは感想を
恋に破れて、霜夜の冷たさが目にしみる
そのような青年の光景がきちんと見えました
失恋に慣れていない青年なのかもしれない、と私は解釈しました
涙や泣くといわずに、悲しさを読み手に想像させるのはとてもいいことだと思います
私の知りえる範囲で、あっきいさんの疑問にお答えしましょう
あっきいさんの想像していらっしゃる通り、この句は季重なりです
季語は「しみる(凍みる)」と「霜夜」の2つです
しかし、これらの季語が協力して「失恋の悲しさ」を強調しています
きちんと季語の相乗効果を得られているので、私はこの季重なりはアリだと思います
季重なりが気になるのであれば、「しみる」を別の動詞に変えましょう
泣いたら周りの景色はどうなりますか?
そう、景色はゆがみます
「ゆがむ」はいかがでしょう?
恋やぶれ瞼にゆがむ霜夜かな
私は季重なりよりも、「恋やぶれ」のほうが気になります
「しみる」や「ゆがむ」で悲しさが想像の範囲に入っているため、「恋やぶれ」で失恋だとトドメを刺さなくてもいいかなと
「やぶれ」をかえます
片恋の瞼にしみる霜夜かな
「片恋」から「失恋」まで読み手に想像してもらうほうが、直接言うよりスマートだと思いました
沈黙は金、雄弁は銀というものですが、これはあっきいさんのセンス次第です
点数: 2
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交際を断られ、眠れない寒い一夜を俳句にしました。
「しみる」は「凍みる」も考えましたが「凍みる」が冬の季語との記載も見受けられたので「しみる」と致しました。