「黄楊櫛に祖母の香満つる彼岸かな」の批評
回答者 みつかづ
佐和さん、こんばんは。再来失礼いたします。
私めが上二段活用ではなく、四段活用の方の自動詞「満つ」であると
判断した理由は以下です。
句面:黄楊櫛に祖母の香満つる彼岸かな
作者コメント:祖母の遺品の黄楊の櫛
上記より、「祖母の残り香が(今も)存続・継続している」
→「「る」が存続・継続の助動詞「り」の連体形「る」であるとの解釈が、
より妥当である」との判断です。
作者コメントにお書きの「櫛からは祖母が側にいるような懐かしさ想いまでも
部屋に満ちていく」=「満たす」の意味であれば「満つる」は下二段活用の
他動詞「満つ」の連体形なので目的語が必要になるとの判断もしており、
例えば、文法的には以下の様になってくる訳です。
A:祖母の香を黄楊櫛満つる彼岸かな
B:祖母の香を満つる黄楊櫛彼岸かな
以下の理由により、「満たす」も可です。
手持ちの『ベネッセ全訳古語辞典』1159ページの記述によりますと、
「自動詞「満つ」は中世以降、上二段にも活用する。また、他動詞「満つ」は
中世以降は使われなくなり、(サ行)四段活用の「満たす」が
使われる様になった」とあります。
もし、作者コメントに「遺品」とお書きでなく、
季語も彼岸ではなかったのであれば、「上二段の方の自動詞の連体形だな」との
判断を私めはしておりました。
村井もこり氏の提案「黄楊櫛に祖母の香の満つ彼岸かな」を私めが提案しなかった
理由は、目的語が無いので他動詞「満つ」の終止形であるとの
解釈が文法的に不可能になり、さらに自動詞「満つ」は
元の四段活用もありますので終体同形(終止形と連体形が同じ形)となり、
一句一文(=「満つ」が連体形で季語「彼岸」に係っている)なのか、
中七で切れている(=「満つ」が終止形で切れてから季語に移る)かの
客観的判別が読者側で不可能となり、
解釈によって句の意味が変わっちゃうからなのです。
古語の動詞の場合、自他同形と終体同形(四段活用、上一段活用、下一段活用)、
未用終命同形(カ変動詞「来(く)」の漢字表記。未然形、連用形、終止形、
命令形が同形)には注意が必要です。語幹と活用語尾との区別が在りませんので。
こ(来)/き(来)/く(来)/く(来)る/く(来)れ/こ(来)、こ(来)よ
※ 古語の上一段活用、下一段活用の動詞も語幹と活用語尾との区別が無い
俳句に必要な国語Ⅰ古典領域の参考を書きましたので、
よろしければ以下をご参照ください。
https://note.com/calm_clover370/n/n410742f6f7fa
以上でございます。幾度もお目通しいただき、感謝いたします。
点数: 1
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おつかれさまです!失礼致します。祖母の遺品の黄楊の櫛を手に取る。その櫛からは祖母が側にいるような懐かしさ想いまでも部屋に満ちていく。彼岸の静かな空気をしみじみ感じる。よろしくお願い致します。失礼致します。