「春陰や報道も無く兵士逝く」の批評
村井もこり様、こんばんは。
先程は返信ありがとうございました。季語
の選択に意図があったこと、了解しました(私も野球やってたのでわかりますー)。
気になっていたこちらへもお邪魔します。
こういう句は詠むこと自体に意味があると思うので、原句は原句としてこのまま大切にしていただきたいと思います。
その上で道場へのご投稿なので、俳句
としていくつか失礼します。
〇いるか様もコメントされていますが、「報道も無く」という説明的な部分がやはり気になります。
〇多くの戦争で、軍人や兵士だけでなく民間人も多く犠牲になっていると思いますが、「兵士」に限定された意図は何だろう、と思いました。
「民間人の犠牲は報道されているが兵士は報道されない」ということかと思いましたが、作者コメントを見る限り、そうでもないような。
国のために戦って犠牲になった兵士への敬意、みたいなニュアンスを詠みたかったのかもしれませんが、だとするとけっこうセンシティブなテーマに思えます。
〇単純な疑問として、作者(作中主体)は報道されていない兵士の死をどうやって知ったんだろう、と。
①実際に兵士が亡くなる瞬間を見た。
②目撃者の話を聞いた。
③作者(作中主体)は兵士の親族であり、訃報が届いた。
④報道はされていないがきっと亡くなっているだろう、という予想。
⑤何人死んだ、という数字の報道はされているがその詳細は報じられないと言いたい。
ーー現実的には④か⑤でしょうか。④だとするとややリアリティに乏しく、⑤なら別の表現を検討したい気がします。
(仮に①②③なら、その衝撃的な瞬間を詠んだ方が絶対に良いと思います)
〇季語「春陰」。悪くはないですが、中七下五でここまでストレートに悲痛な光景を詠むなら、さらに季語で暗い印象を加える必要があるかどうか。
極端な話ですが、(あくまで俳句としての高評価を目指すと割り切るなら、ですが)季語「花見」などにして「花見の日の朝に戦地では兵士が亡くなっている」のような対比を詠むパターンもあり得ると思います。
一例として、
・三分の戦地のニュース街は春
またよろしくお願いいたします。
添削のお礼として、慈雨さんの俳句の感想を書いてください >>
連日、ガソリン価格がどうのとか、トランプ大統領はどうしたとか、そういう報道の向こうで若者は死に続けている。