「阿古村の異形の地にも芽立あり」の批評
回答者 気まぐれ亭いるか
ohyajiさん、こんにちは
御句拝読しました
ただ、指摘としましては先の方々で出尽くしている感はありますね
提案としましても慈雨さんの句に一票を入れさせていただきます
特に追加となることはないコメントですが、そう思う人がいっぱいいるんだということと句が埋もれないようにひとつのアゲというやつでどうか、、
以上、今後ともよろしくお願いします
点数: 0
添削のお礼として、気まぐれ亭いるかさんの俳句の感想を書いてください >>
作者 ohyaji 投稿日
回答者 気まぐれ亭いるか
ohyajiさん、こんにちは
御句拝読しました
ただ、指摘としましては先の方々で出尽くしている感はありますね
提案としましても慈雨さんの句に一票を入れさせていただきます
特に追加となることはないコメントですが、そう思う人がいっぱいいるんだということと句が埋もれないようにひとつのアゲというやつでどうか、、
以上、今後ともよろしくお願いします
点数: 0
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回答者 慈雨
ohyaji様、こんにちは。
災害を受けた地での自然の生命力を詠まれた句ですね。
気になった点として、「阿古村」という固有名詞を使うなら、「異形の地」という解説は不要かと思います。
逆にもし「説明しなければ伝わらない」ということなら固有名詞を使う意味がないので、どちらかを省略したいところです。
あと、「も」「あり」に作者の強い思いが出すぎている気がします。
伝えたいお気持ちはわかりますが、淡々と「目の前の阿古村に芽が出ている」という光景を詠んだ方が、逆に伝わると思います。読者はちゃんとそこから色々なことを想像してくれますよ。
「異形の地」を省略して、もう少し光景を具体化してみてはどうでしょうか。
たとえばですが、
・阿古村の学校跡に芽立かな
またよろしくお願いいたします。
点数: 1
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回答者 明智明秀
こんにちは。
お句拝見致しました。
災害の地にも春は必ずやって来ますね。
でも悲しいことに、復旧・復興はまだまだ遠いのでしょうか。
作者の「阿古村」や「三宅村」に対する思いは並大抵ではないと感じました。
ただやはり句としては、全国句としたいかなと思いました。
なほざりの異形の地とて芽吹きあり
作者にとっては大事な固有名詞ではあるのですが、敢えて外すことで句に普遍性を持たせたつもりです。
よろしくお願いいたします。
点数: 0
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自然災害の禍々しさ、人知のひ弱さ、自然再生の力強さ。三宅村は教えてくれました。