「寒き冬炬燵で八朔かな」の批評
回答者 みつかづ
こころさん、こんにちは。貴句、拝読しました。
他の方なら真っ先に季重なりをご指摘なさるでしょうけど、
私めは蜜柑にせよ八朔にせよ、「句面では何をしている景なのか分からない」事が
気になりました。
八朔をテーブルの何処かに置いているのかもしれない、
皮を剥いているのかもしれない、食べているのかもしれない、
八朔を話題にした会話を誰かとしているかもしれない。
読みの可能性の幅が広過ぎて全く絞れませんよね。
召し上がっていらしゃるなら「食べる」とお書きになるか、
八朔を使った料理がテーブルに置かれたとお書きになりませんと、
書かれていない以上食べるとは客観的に読者は判別できません。
次に、寒き冬と書かなくても、冬って大体寒いですよね。
ですので、情報が重複しちゃってます。
(ちなみに、八朔(柑):三春・植物、蜜柑:三冬・植物、
寒し:三冬・時候、冬:三冬・時候の季語)
次に、蜜柑にせよ八朔にせよ、17音に字数が足りてませんよね。
以下は添削例ではなく、作句例でございます。
・差し入れの八朔食べる炬燵かな
・蜜柑入りサラダの届く炬燵かな
きびしい事を書いて申し訳ありませんが、「炬燵で八朔を食べるイメージ」ならば、
それが読者に分かる様に句を書きませんと、読者には伝わりません。
蜜柑でも同じ事です。
そして、以前にも書きましたが、作者コメント。
読解が正しいのかを確認する一次資料になりますし、添削にも用いられますので。
少なくとも、5W1H(何故、何を、何処で、誰が、何時、どの様に)が
読者に確認できる様に、詳しくお書きになる方が良いですね。
作者コメントを書く事は、ご自身の句の整理・推敲にもなりますので。
以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
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炬燵で八朔を食べるイメージを詠んだ句です