「この趣味でよかった値上げ春近し」の批評
回答者 みつかづ
ゆとりろさん。こんばんは。貴句、拝読いたしました。
結論から申し上げます。
「問題点が3つあり、具体的な景が立ち上がらず、作者コメントに核の詳細の
具体的な記載が何も無いので誰にも添削不可能」。
①:「この趣味」が空白過ぎて分からない(致命的)
俳句において、「具体を伏せる」、「読者に委ねる」事自体は、寧ろ高度な
技法でございます。ですが、この貴句では成立条件が満たされておりません。
「この趣味」という語は、
・指示語
・既知情報
・文脈共有
上記があって初めて成立条件を満たし、機能いたします。
ところが具体性が全く無い(俳句以外に川柳でも、短歌でも、狂歌でも、
作詞でも、ネット将棋でも、ネット麻雀でも、何でも多数在り得る)ので、
「金が掛からない趣味で良かった」という凡庸な生活感想文だけしか
残っておりません。
俳句は「季語を含んだ17音の短詩」と定義されておりますので、
詩っぽくないなとの読後感が読者に残ってしまいます。
②:「よかった」の直接性と「値上げ」の説明化(核心)
構造を意味的、文法的に分析いたしますと、
・この趣味でよかった→ 結論(評価)
・値上げ→ 理由
・春近し→ 状況説明
上記の構造になっております。
つまり、「感情→理由→季語」という、「説明文」の順序であり、
俳句としては最も避けたい構造でございます。
本来なら「具体→状況→ 読後に感情が滲む」であるべきところを、
感情を最初に言い切ってしまっておられます。結果として、
・「値上げ」は発見でも象徴でもなく
・「よかった」の根拠説明に格下げされている
ここで既に、句の駆動力は失われています。つまり、短詩ではなくなっております。
③:季語「春近し」誤用
季語「春近し」は晩冬・時候の分類でございます。
ところが、投句日は立春を過ぎており、季節は既に春(初春)でございます。
なのに「春近し」と表現してしまうと、「近し」が矛盾してしまいます。
俳句は四立(立春、立夏、立秋、立冬)、四至(春分、夏至、秋分、冬至)と
いった二十四節気に基づく季節分類による季語の季節分類になっておりますので、
要注意でございます。
問題点と考えられる部分の考察は以上でございます。
句の核が「感動なのか」、「価値判断なのか」、「社会状況への皮肉なのか」、
「趣味そのものへの愛着なのか」が読者側が客観的に判別不能でございます。
添削とは、「句の核を保存したまま、表層を調整する行為」、
即ち、作者コメントと句の字面の構造を比較、精査し、
言葉が足りていなければ「添」え、言葉が多過ぎるなら「削」ぐ。
その際は作者に心を寄り「添」え、改めたいとの我欲は「削」ぐ。
それが俳句「添削」。
ところが、今回の貴句は以下の理由で誰にも添削は不可能でございます。
・保存すべき核が「金が掛からない趣味で良かった」以外に客観的読解が不可能
・俳句的な核としてはあまりに弱い/一般的
できるのは改作・改悪だけ。私めはそれしたくないので、今回は案を示しません。
ただ、問いとヒントは提示いたします。
・「この趣味」とは具体的に何でしょうか?
・値上げと趣味の関係を、評価ではなく具体景で示す
・季語を状況説明ではなく、季節感を伴う具象、心象として使う
上記3点を意識して、1句に落とし込む。
俳句は「季語を含んだ17音の短詩」ですので、説明文、感想文になって
しまうと詩とは言わないですよね。
それを心得ておかれると、作句が上達していくものと考えられます。
以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
点数: 1
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値上げの季節春は近くなりました。この趣味でほんとよかったと思います。物価にほとんど影響されないから、皆様もいかがですか。