「カピバラは柚子湯に浸かり何思ふ」の批評
回答者 ヨミビトシラズ
柚子湯は浸かる物だし、俳句は主観や登場人物が何を考えているかを読み手に考えさせるのが目的。「浸かり」と「何思ふ」は両方とも要らない。
一方で、興味深い記述も。
≫寛容でどの動物ともいられるカピバラ。(猛獣と一緒にいる時は、猛獣がお腹がいっぱいの時。)
≫何となくボーッとしているようで、実は生きる為の知恵を持っているのですね。
ボーッとしているように見えて、抜け目のない所もある(というか、そうでなければ野生ではとっくに他の動物のエサになってしまっているであろう)カビパラ。この「抜け目のない」というのをキーワードにすれば、それなりの句はできるかも。
柚子湯居てカビパラ遠山の目付
「遠山の目付(えんざんのめつけ)」とは、剣道などで使われる目線の事。近くを凝視すると隙ができてしまうため、遠くの山を見るように、相手全体をぼんやり見て、相手の隙を探ると良いとされる。何処を見ているのか分からないカビパラのあの細い目は、意外にも色々な物を捉えているかも。
点数: 1
添削のお礼として、ヨミビトシラズさんの俳句の感想を書いてください >>


寛容でどの動物ともいられるカピバラ。(猛獣と一緒にいる時は、猛獣がお腹がいっぱいの時。)
何となくボーッとしているようで、実は生きる為の知恵を持っているのですね。
それにしてもあの様子、やはりボーッとしているようで…、面白いと思いました。