俳句添削道場(投句と批評)

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秋薔薇白き花弁に紅ほのか

作者 めい  投稿日

コメント(俳句の意味。悩みどころ)

一物になっているでしょうか。

よろしくお願いいたします。

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「秋薔薇白き花弁に紅ほのか」の批評

回答者 おかえさきこ

こんにちは、イサク様のコメント全て読みました、まずは決めつけるようなことを言ってごめんなさい🙇

めいさんがここに来る前だと思うのですがどなたかに添削した句は添削した人の句になると教えられました(イサクさんじゃ無かったのですね~🥺)

今朝、私の大先輩(ある結社の同人で国語の先生をしていた人)に聞いてみました、

結局は添削された人の判断に依ると、それを自分の句としてどこかに投句するのもありだと、ただ相手がどう思うか は 別ですが…(カルチャーとかで先生に添削された場合は先生がいい 気分がしない?)

でも、私が所属しようとしていた結社は県の支部長に添削されたものだけが掲載されますが…

まぁ難しいですね〜、私だったら 添削されて良くなったら勉強になったと思って記念に自分のノートに書いておくにとどめておきますが…

絵画の場合は 逆に弟子に自分の画法で書かせて仕上げは自分でやって自分の絵とするやり方もあるようですね、

数年振りで温泉へ行ってたもので、コメントが遅くなってすみませんでした🙏

句の評価:
★★★★★

点数: 1

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添削一覧 点数の高い順に並んでいます。

「秋薔薇白き花弁に紅ほのか」の批評

回答者 イサク

句の評価:
★★★★★

めい様

おはようございます。
白い花にうっすらと紅を感じる部分がある、という映像ですね。一物句かどうかといえば一物句です。

美しい映像ですが、最大の問題は、先行の超有名句の類句であることです。
一物句や色の対比の例句として教材に使われ、超有名になっている句のひとつ。

 白牡丹といふといへども紅ほのか/高浜虚子

着地の下五(つまり俳句のオチ)の「紅ほのか」が全く一致しており、句の内容も「白い花にうっすらと紅を感じる部分がある」という意味でほぼ一致。どうしても虚子の先行句との比較になってしまいます。
ちょっと似すぎているので、めい様が先行句を知らずに出したのならば、「虚子と似た発想ができるまで成長した」「虚子の句を覚えて得した」と思いつつ、そっと置いておくのをお勧めします。

点数: 4

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「秋薔薇白き花弁に紅ほのか」の批評

回答者 独楽

句の評価:
★★★★★

再訪です。

一物仕立ての名句と解説です。分かりやすい解説がついています。御参考までに。

閑さや岩にしみ入る蝉の声(松尾芭蕉
この句は、夏の山寺の静寂の中で、岩に染み入るように響く蝉の声という「一物」に焦点を当てています。蝉の声という聴覚情報が、視覚的な「岩にしみ入る」という表現と結びつくことで、深い静けさと生命の息吹が一体となった独特の世界観を生み出しています。蝉の声そのものが、静寂を際立たせるという逆説的な効果も見事です。

梅が香にのつと日の出る山路かな(松尾芭蕉)
早春の山道で、梅の香りが漂う中、太陽が「のつと」と昇ってくる様を捉えた句です。「梅が香」と「日の出る」という二つの要素があるように見えますが、主体はあくまでも梅の香りが満ちる早朝の山道の情景であり、そこに太陽が昇るという現象が加わることで、その場の空気感や光景が一層鮮やかに描き出されています。梅の香りに満たされた空間そのものが「一物」と言えるでしょう。

菜の花や月は東に日は西に(与謝蕪村)
一面に広がる菜の花畑という「一物」を詠んでいます。そして、その広大な菜の花畑の上空には、東に月が昇り、西に日が沈もうとしているという雄大なパノラマが展開されています。「月は東に日は西に」という対句的な表現が、菜の花畑の広がりと時間の流れを効果的に示しており、視覚的な美しさが際立つ一句です。

これらの句は、一つの対象や情景に集中することで、かえってその世界の広がりや深さを感じさせてくれます。

現代俳句における一物仕立ての「例文」と新感覚
現代俳句においても、一物仕立ては力強い表現技法として活きています。伝統を踏まえつつも、現代的な感性で対象を捉え直した句には、新鮮な驚きがあります。

鞦韆(しゅうせん)は漕ぎ出す海へ空の奥(中村草田男)
「鞦韆(ブランコ)」という一つの遊具に焦点を当てています。しかし、そのブランコが漕ぎ出す先は、現実の地面ではなく、「海へ」「空の奥」という無限の広がりを持つ空間です。子供の自由な心や、どこまでも飛んでいきたいという憧れが、ブランコという一物に託されてダイナミックに表現されています。

雪の上に寝て雪を食ふ雪女郎(加藤楸邨)
「雪女郎」という幻想的な存在を、雪の上に寝て雪を食べるという具体的な行為を通して描いています。雪という素材に徹底的にこだわり、雪女郎の冷たさ、妖しさ、そしてどこか悲しげな雰囲気を強烈に印象付けています。全てが雪に包まれた白い世界が、読者の眼前に立ち現れるようです。

たんぽぽのぽぽと絮毛(わたげ)のたちにけり(細見綾子)
たんぽぽの綿毛が「ぽぽと」と軽やかに飛び立つ瞬間を捉えた句です。「ぽぽと」というオノマトペが非常に効果的で、綿毛の軽やかさや、春ののどかな雰囲気を生き生きと伝えています。たんぽぽの綿毛という小さな「一物」に、生命の旅立ちという大きなテーマが凝縮されています。
現代の句は、より個性的で、作者の内面が色濃く反映される傾向がありますが、一物仕立ての基本的な構造は変わりません。

点数: 3

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「秋薔薇白き花弁に紅ほのか」の批評

回答者 イサク

句の評価:
★★★★★

再再訪です。念のため。

>それは、自分が、作った句を他人が添削したとき、その句は、自分のものになるという部分です。

たとえば、師匠や句友に相談し、そのアイデアをいただいて句の一部を変更しても、自分の句は自分の句のままである、というのはなんとなくご理解いただけると思います。

ただ、これはあくまで一般論であって

「他人のアイデアが入った句なので、オリジナルの句と扱わないでください」という状況もありますし、相談した相手がそう思っている場合、トラブルに発展することもあります。

相手に逐一確認することをお勧めしますが、少なくともこのサイトでの他人からの添削・提案句は、ネット上に公表されてしまうという意味でも「自分オリジナルの句だ!」と声高には扱わず、謙虚に受け取った方がよいと思っています。

点数: 3

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「秋薔薇白き花弁に紅ほのか」の批評

回答者 独楽

句の評価:
★★★★★

再訪です。

めいさんのお問いかけの件は何も気にされることはありませんよ。

そもそも、過去私もトラブルメーカー一人でして、多分今でも私目を歓迎していない人は少なからず。

たとえそうだとしても、ここは俳句についてのおあやこうやの場、それを越えた話しは無視するしかないですね。

俳句を超えて感情とか気分、いぜんの人はよかったとか、君に言われたくないとか、そんな感情のぶつけ合いにならないよう、自分自身特に注意したいものですが。

くれぐれも、めいさんのご質問の件何も気になされないよう、よろしく。

私めも潮時というものもね。

点数: 2

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「秋薔薇白き花弁に紅ほのか」の批評

回答者 イサク

句の評価:
★★★★★

再訪します。少し削除しましたが長文です。

あくまで私個人の類句・類想句の考え方です。

俳句はわずか十七音。偶然似てしまうケースは多々あります。その場合は常に先行句を尊重すべきで、尊重しなければ「創作」「文芸」が成り立ちません。

自作の句で言うなら

◆他人の句と似ているかどうかは自分で判断します。
◆誰かの句に似てしまったと思ったら、その句のままでは公開しません。
◆公開後あるいは投句後、似すぎていると自分で思ったら、気付いた時点で取り下げます。
◆精神的に可能な範囲で、自分の句は厳しめに見るようにしています。「パクリやん!」と後ろ指をさされる方がイヤなので。
◆本歌取りの句は観点が別。また、明らかに誰かの真似をした句を「ネタ」として提供することはありますが、「ネタ枠」の句をオリジナル句として扱うようなことはしませんね。

似ているかどうかの判断はいろいろありますが、

①発想の根っこ
 文芸においては材料が同じでもアウトプットが違えば別作品、というものも多々あり、俳句でも、同じ風景を見ていても出来上がった句が違うケースがほとんどですので、一概に「発想」の範囲を限定しづらいところではありますが、
 たとえばX氏にA句があり、それを他人が添削・推敲したB句があるとします。この場合A句もB句もX氏のもの、という考え方が一般的なことは、御理解いただけると思います。

他にも類句条件に「同じ単語を同じような使い方」とか「特徴的なリズムが同じ」などありますが、書いてみたら長くなったのでやめました。

今回のめい様の句ですが、
・「紅ほのか」は虚子の句で鍵になる措辞。虚子の代表句ですし、俳句を勉強している以上、どこかで見たことがある可能性は高いです。
・「白い花にうっすら赤い色」という発想・アウトプットも一致。
・これらが偶然だとしても、先行句尊重という観点から、めい様オリジナルの句と貫き通すのは難しい、と私は考えています。少なくとも、私は擁護しづらいです。
・「習作」という扱いなら許容範囲なのではないか、とも考えます。このサイトは「オリジナルの自句を発表するサイト」というよりは「勉強のための習作を添削してもらうサイト」だと思いますし、その点で大問題にはならないと思っています。

最終的な判断はめい様の方でお願いします。

点数: 2

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「秋薔薇白き花弁に紅ほのか」の批評

回答者 佐竹裕二

句の評価:
★★★★★

めい様
一物になっていると思いました。秋薔薇に焦点が有り、季語が立っていますね。そしてまさにそこに、白い薔薇がまるで女性の様に紅をさす、そんな感じを受けました。歌舞伎町の添削もありがとうございます。また厳しくお願いします。

点数: 1

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「秋薔薇白き花弁に紅ほのか」の批評

回答者

句の評価:
★★★★★

めい様、お早うございます。頓です。
早速にて…。
翠さんへの参考句のことでしょうか?未だにアレコレと推敲を巡らせておりますが…。
ご質問の件ですが、
俳句における「一物仕立て」と「取り合わせ」の違いは、句の題材が一つか二つか…一物仕立ては季語(一物)のみに焦点を当てて詠む…取り合わせは季語と季語とは関係ない「俳句のタネ」の二つの要素を組み合わせて詠むこと
と理解しておりますが…。
こんな入門書ような質疑…私目、何か、大きな間違いを仕出かしておりますかな?
ご教示頂ければ幸いです!
なお、御句、正直、季語の説明になっていませんかなぁ…。
以上、失礼仕りましたm(_ _)m。

点数: 1

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「秋薔薇白き花弁に紅ほのか」の批評

回答者 春の風花

句の評価:
★★★★★

めい様 こんにちは
再訪です。
頓様へのコメント読ませていただきました。
私はまだ初心者ですから皆様のコメントを拝見しながら勉強中ですが
めい様の「秋薔薇」の句は一物仕立てだと思います。

私が説明になってるのではと感じたのは
「白き花弁に紅ほのか」について・・・の部分です。

・秋薔薇白き花びら紅ほのか

少し変えてみました。
よろしくお願いいたします。

点数: 1

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「秋薔薇白き花弁に紅ほのか」の批評

回答者 独楽

句の評価:
★★★★★

再訪です。

桜紅葉でないと駄目です。実景であるのと、水路に植えてあるボツンと1本の桜が秋きなって紅葉するのが桜紅葉です。

桜の葉は、他の紅葉樹に比べて鮮やかな朱色にならない、少し憐れな感じでもあります。

よろしく。

点数: 1

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「秋薔薇白き花弁に紅ほのか」の批評

回答者

句の評価:
★★★★★

めい様、今晩は!頓です!
早速にて…。
御句、正直なところ、中七・下五共に、季語の説明になっていませんかなぁ…そのように感じます。偉そうなことを申し上げまして、申し訳ございませんm(_ _)m。
以上、感想のみに失礼仕りますm(_ _)m。

点数: 0

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