「熊害と闘ふ人や秋の里」の批評
こんばんは。貴句、拝読しました。長文、お含みおきください。
・社会性のある題材を持ち込みながら、情緒を保っている
・人間の覚悟・緊張を端的に伝えており、余情も感じられる
・のどかな情景と熊害の対比が生まれている
上記3点は良いと私めは思いましたが、
正直2点惜しいのもまた、正直な気持ちでございます。
と申しますのは、1点目。
熊が人里に下りてくるのはやむを得ない事情であり、その熊を追い払ったり、
命を奪ったりするのもまた、やむを得ない事情です。
作者コメントにこうお書きではありませんか。
「人もにも熊に罪は無かれども」
でしたら、漢字は「戦ふ」。本来は対立・勝ち負けではないのですから。
「闘ふ」は理念や精神的抵抗を含み、対人・内面闘争的に軸が乗ります。
貴句の文脈は「熊を追い払う」、「被害を防ぐ」等の具体的行動ですし、
「罪の無い相手とのやむを得ない対峙」なのですから、
漢字は「戦ふ」が自然でございます。
次に2点目。下五の語順。
中七の間投助詞「や」で切れてはいるものの、その事件が起きている場所は
里であり、秋という季節が場所ではないですよね。その里に秋が訪れた訳でしょう。
熊害という出来事が季節の一断面をお詠みなのでしたら、語順を入れ換えませんと
季語
「秋」がただの副えものになってしまい、
主題が「秋」になりませんでしょう。俳句
は季語が主役なのはご存知でしょう。
上記を踏まえて、私からの添削
提案は以下でございます。
・熊害と戦ふ人や里の秋
こうなされば、現実的で緊迫感が増しますし、季節の寂寥・虚しさ・自然の循環が
余韻として残り、秋の里全体の情景に広がりますでしょう。
比良山さんから「散文的ですね」とのご指摘を受けない為には、
漢字の語源的な意味と句の語順も推敲すべきではないでしょうか。
次に、拙句「秋の陣熊を穿てる9二香」にコメント、ありがとうございます。
https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/haiku/corrections/view/32230
<オリジナリティも大切でしょうが、「普遍性」も大切かと…。
独りよがりは、いけませんなぁ…。
頓さんならこの点をしっかりご指摘なさると、私めは信じて投句いたしました。
これはまさに、頓さんの仰る通りでございます。「The凡句」で、
「伝える努力」が見えない句でございます。
ただ、比良山さんから「もっとビシッと言うたらええねん」と
頓さんはご指摘受けましたよね。
私めの句には、こうしてしっかり「良くないものは良くない。何故なら~」と
具体的にご指摘なさる事がおできなのに、最近の頓さんはどうして
他者の句に安易に迎合なさっておいでなのでしょうか?
ここは、『俳句添削道場』。道場とは鍛錬の場を意味する単語です。
迎合なさっていたら、その方の何の鍛錬になりましょうか?
時には心を鬼にして、どなたの句であろうともその方の上達の為には、
ご意見すべきものはご意見すべき、ご指摘なさるべきものはご指摘なさるべきでは
ございませんでしょうか? 私めの句にはしっかりできていらっしゃるのですから。
以上です。お目通しいただき、感謝いたします。
添削のお礼として、みつかづさんの俳句の感想を書いてください >>
人もにも熊に罪は無かれども…。「熊害→ゆうがい」とお読み願いますm(_ _)m。