「お花見に母の命日間に合わず」の批評
回答者 なお
砂川恵さん、こんにちは。
御句拝読しました。ちょうど今年の桜の咲くころ、似たような句をご投稿なさいましたね。
その時にコメントした者として、再度コメントさせていただきます。
何より明確にしておきたいのは、「命日」というのは、その人の亡くなった日のことです。例えば巨人の長嶋茂雄さんの場合は、2025年6月3日(だけ)であり、毎年巡ってくるものではありません。毎年の同じ月日のは祥月命日といいます。
それからしますと、御句は、お母さんは桜の咲くのを見ることができずに亡くなった(花見に間に合わなかった)ということで、なんとか辻褄が合わないこともないのですが、どうも、花見の予定とお母様のご逝去が同列に扱われている、しかも、大切なお花見の予定に母親が遅刻したみたいに取られかねない構成には、ちょっと疑問を感じ得ないものがあります。
私は、前句でもご提案申し上げた、
・命日や桜待てずに逝きし母
を再度提案します。
よろしくお願いします。
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勉強不足で季語がわからない