「開く戸や金魚の跳ねる四畳半」の批評
回答者 イサク
おはようございます。
なかなか難解な句だと思います。
解釈が広がりすぎているような気がします。
◆上五「開く戸」
ここが最も曲者でした。
まず戸を開いた人物と作中主体の立ち位置の関係。自分が外から帰ってきたのか、自分が部屋の中にいて誰かが入ってきたのか、とすればそれは誰か。
次は、その人物による戸の開き方。強く開いて大きく音を立てたのか、開き方は普通だったが見ていたのか、見ていなかったのか。
まだあります。戸の構造と材質。引き戸だと思いますが、ドアという読みもできます。木製なのか、障子程度の軽いものなのか。この点は後に出てくる「四畳半」により、多少の絞り込みはできそうです。
◆中七「金魚の跳ねる」
敢えて「跳ねる」なので、和金のような泳力のある金魚が鉢の外に出てしまっているのと鑑賞しました。
ここで上五の「開く戸」の受け取りが影響します。外から帰ってきてまだ生きている金魚を見つけたのか?とも思いますがどうでしょう。
◆下五「四畳半」
中七のところでさらっと書きましたが、「四畳半」という狭い部屋で、「戸」なので和室を想像します。なので、水槽ではなく金魚鉢かなあと思いました。
以上が鑑賞になりますが、どこを鑑賞の感動ポイントと見るか?というのが難しいところでした。
季節・季語が主役という前提で「金魚が跳ねる」がポイントになるとよいのですが、他の映像要素が多く(戸、四畳半)、やや埋もれてしまっているように感じます。
点数: 1
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想像です。
よろしくお願いします。