「窓硝子ふきて見えけり雀かな」の批評
回答者 なお
茜さん、こんにちは。
御句拝読しました。ご自身のコメントについてです。
「見えるから俳句にしているんだから、見えるのは当たり前だろうと言われるかもしれませんが」とおっしゃっています。
確かにそれはそうですが、御句の場合は違いますよ。
例えば、
・窓硝子そとに見えけり雀かな
(季語とか、けり・かなのことは置いておいて)
こんなのであれば、そりゃあ、そういうコメントになると思います。
でも御句は、今まで見えなかったものが、ある行動をしたことによって、「見えるようになった」のです。この変化の感動。それを伝えたいのですね。
私は目が悪くて、初めてメガネをかけた時の感動を忘れられませんよ。普通の人は、こんなに見えているのかと驚きましたもの。普通の人が単に「見えている」のとは違いますよ。
まあ、それはそれとして、そういう驚きを伝えられれば面白いですね。
・窓硝子拭きて出会へし寒雀
・窓硝子拭き現れし冬雀
どちらも今一つ感がありますが、提案句として置かせていただきます。
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見えるから俳句にしているんだから、見えるのは当たり前だろうと言われるかもしれませんが、汚い窓硝子をふいたら、向こう側にいる雀が見えるようになったという意味です。