「明るいと外を見やれば雪明かり」の批評
回答者 なお
いがやらしさん、こんにちは。初めまして。
御句拝読しました。初心者さんとのこと、形は整っていらっしゃいますよ!
ただ、竜子さんもおっしゃっていますが、俳句では説明っぽくなるのを嫌います。なぜなら、同じ五七五でも、よくある防犯標語とかとは違って、短いけど「詩」だからです。
御句、明るいので外を見たら雪明かりだった、ということで、もっともなのですが、〜なのでとか、〜してみたらという理由づけが説明っぽくなるのです。
それと、明るいので外を見た、とありますが、暗ければ見るはずはないですし、外を見たというのも、家の中を見るはずはない。そうなると、言わなくてもいいこととなります。その分、他のことが言えます。
どうしてここまでこだわるかと言いますと、季語というものはそれぞれ力(ちから)を持っていて、その力を信じて使うべきだからです。
例えば雪明かりは、雪の夜に照明もないような道が雪の反射でほのかに明るくなっている、というようなことです。
そうなると、この季語を置くだけでも、もはや言葉が不要な感じはありますが、そこは俳句ですので、作者の生活を読み込んだり、色々できます。
私が考えた句を置かせていただきます。添削とか、そういうことではなく、こんな行き方もあるということでご笑覧ください。
・子を寝かし親を寝かして雪明かり
点数: 1
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