「黒板のメトロノームに揺れる視界」の批評
初めまして!これから俳句
を始められるとのこと!楽しみにしています。
いいと思って出した句もこの道場では、(私含めて)素人が好き勝手言いますので、あまり落ち込まず納得できる部分だけを取り入れていってください。芸術に絶対はありませんので。
では早速好き勝手言います。
「黒板の音がメトロノームの音に聞こえた」と言う捉え方、それを詠もうと思ったことはとても良いと思います。ですが、いくつか初歩的な問題点があります。
1、季語
がない
もちろん無季の俳句というものもありますが、これにチャレンジするにはかなり大変。まずは、一つ季語を入れて、季語の力を借りることをお勧めします。季語は、それだけで本意(ほい)と呼ばれる共通イメージを持っていて、これが詩を生むのにめちゃくちゃ有効です。イメージの力で、感情、気分、そんなものを表すこともできます。
2、わかりやすく
「黒板のメトロノーム」が比喩には見えない。
比喩かどうかとても判別しずらいです。黒板にメトロノームが置いてあるのか?と見えてしまいます。わかりにくく書くのではなく、わかりやすく書くのが基本です。
3、無駄な言葉や説明は避ける
「揺れる視界」は、眠いことを説明している言葉です。基本的に見ているものを描写する方が説得力がでます。「視界」ではなく「具体的なもの」を揺らした方がいいでしょう。また、眠いだろうなというのは季語に語ってもらうのが良さそうです。
季語を入れると「メトロノーム」「黒板」と長い音が続くので「揺れる」は「メトロノーム」に託し、揺れのイメージを託す方向で。
小春日や板書のメトロノームめく
小春は冬の季語ですが季節ずらして「春昼や」とかでもでもいいと思います。眠そうな気分は出るかと。
ちなみに「目借り時」なんて、眠くなる時間帯といった意味の季語もありますが、これでは眠いからメトロノームみたいに聞こえるという因果関係が強くなるので良くないです。
添削のお礼として、卓鐘さんの俳句の感想を書いてください >>
はじめまして。ひしひしと申します。
初めての投句でございます。
学生時代の頃を思い出し、黒板に文字を書く音がまるでメトロノームのように聞こえ、うとうとと睡魔に襲われている様子を詠んでみました。
これから俳句を勉強しようと思っている初心者でございます。
添削の程、宜しくお願いいたします。