「悲しみに暮れる人々終戦日」の批評
回答者 独楽爺
こんにちは。
戦争て不幸な目に会ったが悲しみを克服した、すなわち悲しみに勝ったと主張すると
”悲しみに勝を記念と終戦日”
勝手に句意を変え失礼ました。
点数: 1
添削のお礼として、独楽爺さんの俳句の感想を書いてください >>
作者 優子 投稿日
回答者 独楽爺
こんにちは。
戦争て不幸な目に会ったが悲しみを克服した、すなわち悲しみに勝ったと主張すると
”悲しみに勝を記念と終戦日”
勝手に句意を変え失礼ました。
点数: 1
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回答者 つちや郷里
優子さんこんにちは。
長崎忌の句へのコメントありがとうございます。
私はそんなに高く評価される人間ではありませんし、美しいだなんて滅相もございません。
あまりご自分を卑下なさらないでください。
私は若いですし人生経験も少ないので、偉そうに何かを言える立場ではありませんが、あまり思い悩んだりせず肩の力を抜いてもっと気楽にいきましょう。
御句
悲しみというものは連鎖するもので、平和とはそれを断ち切ることだと考えています。
こういった句は思いがこもっているので易々と添削できるものではありませんね。
その代わりと言ってはなんですが、私も八月に入って終戦忌の句をいくつか作っているので、その中の一句を勝手ながら載せさせていただきます。
・『終戦忌おほぞら狭くなりにけり』
またよろしくお願いします。
点数: 2
添削のお礼として、つちや郷里さんの俳句の感想を書いてください >>
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本当は15日に詠むべきだが。戦争は何もいい事がない。終わっても、A級戦犯の人々は、処刑され…。それでも戦争をするのは誰かが儲かるからなのだろう。