「龍安寺石庭の縁風薫る」の批評
回答者 ハオニー
はじめましてハオニーです
修学旅行で龍安寺ですか
私も高校生のときの修学旅行で行きました
お寺を何ヵ所も回ったからか、よく覚えていないのですが←
6月のことを詠んだ俳句なのに、秋の季語
を使ってもそのときの感動は俳句に出来ませんよね
無理があると断言します
季節外れの俳句は、想像力がきちんとしていないとすぐにおかしなことになってしまいます
気を引き締めていきましょう
「風薫る」は立夏(5月6日頃)を過ぎたあたりの季語ですから、6月に用いていいのかは正直悩みます
でも、作品として見れば「修学旅行は6月だったから風薫るはおかしい」なんてことは重要ではありません
「修学旅行」という情報を入れなければいいのですから
これ、「縁」が少し分かりにくかったです
説明を聞かないと判断は出来ませんが、縁は一旦使わずに
龍安寺の石庭に風薫りけり
という句に整えることはできます
ここからが本題です
私の記憶では、「龍安寺」には「石庭」があるはずです
ならば、「龍安寺」の境内の様子を描写した句とすれば、「龍安寺」は言わなくても済みます
「龍安寺の」はいろいろ変えられます
積年の石庭に風薫りけり
など、まだまだ答えが出てくると思います
しかし、選ぶのは飛奈様です
気に入ったフレーズ、見つかるといいですね
点数: 1
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6月に修学旅行に行ったときに作成しました。